送り犬
ネムフスキーだ。
ネムフスキーがじっと林の合間からこちらを覗いている。隠れいているつもりなのだろうか?
鮮烈な輝きがその体を隠しきれていない。暗闇を照らす光が彼の存在を知らしめる。神々しい。山の中であんなものをみたら神さまだと思う。その名の通り大神だと錯覚する。
「…ネムフスキー?」
呼びかけてきた私に彼は無反応だ。
人語を喋らないとはいえ寡黙な印象のある人だ。
唸りをあげも威嚇の素振りもしない。ずっと棒立ちで私を遠巻きから監視している。…それが彼の役割なのではないだろうか。
人面犬の証言が正しければ彼は天涯孤独の世捨て人なのだ。
自らの思惑のために監視をしている?それとも群れのために?真相は彼しか知らない。
真相は彼しか…。
神々しい光を振りまきながら彼はカモシカのようにじっとこちらを見据えていた。けれどふいにその瞳は闇へむけられ、私など興味に値しないという涼しげな態度で森の合間をゆっくりと進んで行く。初対面から代わりのない仕草に拍子抜けする。
「どこへ行くの?」そっと問いただしてみたが返事はない。彼は彼の貫いた信念に従って歩んでいるだけに思えた。
ただその平生と自信に満ちた歩みで暗がりへ溶けていった。狼たちの潜む森から背を向け独り、燐光を漂わせ孤独を踏みしめていった。
「…」
私は、私も早く行かなければならない。狼が蠢く黒い森から抜け出さなければいけないのだ。