山の王
獲物を前にして彼らは狂気の瞳を燻らせ、身を低くする。
食らいつかれる。そんな時──空が轟いた。
朝日?
なんてことなの。こんな時に限って朝が来るなんて。
木々の合間を鮮烈に照らす金色の光に──狼たちは畏れおののき不安げな声音を吐きだした。私と同じく、彼らは夜しか存在できないのだ。
眩さと熱さに瞼を閉じようとした途端…
「キャイン!」
熱を含んだ──光の矢が飛んできた。太陽が落下してきたかのようなそれに悲痛な悲鳴を上げ山犬は転がりまわる。眼球を焦がさんばかりの光に晒された「火球」の正体は、がっしりとした体躯を持つ神々しい山犬だった。
裂けた口が醜く歪み恐怖と怒りの唸りを転がしている。それを押さえつけんばかりに歯を立てるのは──ネムフスキーではない。
銀色の毛並みではない…美しくも畏怖を漂わせる金毛の狼は英知あるその眼光をこちらに向けた。
「ひ…っ」
敵意も好意もない無の瞳は私を射抜くと金色の厚い毛を波打たせ、沈黙している。
首元をしっかりと牙で抑えられじたばたしていた狼もやがて情けなくくんくんと鼻を鳴らし、だらりと肢体をゆるけさせる。敵意はありませんと体までちぢこませて。
他の狼どもとは別種なのではないかと勘繰るぐらい首の襟巻も尾も立派。恐怖するのを忘れてしまうほどの優美さにきっと彼、彼女はこの山を統べている存在にだと直感した。
周りを取り巻いている狼どもは皆しんとしている。唸りもあげず私を見据えている。
あの喧騒が嘘だったみたい。
火に触れたような熱さが私を襲う。冷たい夜霧ばかりだった私の視界を一瞬で灼熱へ変えてしまう。
「…あなたは何者なんですか?」
答えはない。
「あなたたちは絶滅したんじゃないんですか?」
絶滅した狼たちの霊なのだとしたら、彼らは日本中にいるのではないだろうか。
炎の化身はうんとすんと言わず、私を見つめている。
「行きなさい」
と彼女は鼻を深い針葉樹林の奈落へ向けた。そう言われた気がした。理由は分からないがそうなのだと心が肯定した。
さもないと彼らは堰を切ったように私の喉を掻っ切るだろう。
──彼女こそが「すべて」なのだろうか?
「あなたは…」
おうさま、なの?
私が口を開くや、否や透明な朝日が林の間から零れるのを感じた。目の前にいる金色の狼よりも眩く、安心させる光であった。そういえば久しぶりに夜明け前を直視できた気がする。目が痛いほどの一筋の光。
あれを逃したら"戻れない"ような、不思議な気持ちがわき起こった。きっとチャンスをくれたのだ。
行きなさいと促され森を駆け抜ける。慣れない斜面を駆けていると木々の間を不自然に照らす存在を垣間見た。