夜明け前
壊れたスイカの前に来る。周囲にはだれもいない中、妹が泣きながらうずくまっているのを見た。
謝る妹に、話しかける。
「海美」
やっとこちらを可視した妹は泣き腫らした瞳を潤ませて、細めた。
「お姉ちゃん。やっとあえた」
「…海美?」
暗がりで涙の溜まる瞳以外、表情は見えないけれど、その声音は海美のものであった。
「悪いことした…ごめん」
「どういうこと?海美…あんたなんでしょ?」
うずくまった妹は微動だにしない。まるでそこに貼り付けられた影の如く、ただ存在している。
「私は地獄行きだったの。変なの、あんなに一生懸命祈ってたのに。神様は最初からあたしの業を知っていらっしゃったんだ…。でもね?不思議と怖くないんだよ。お姉ちゃん」
言っている内容が理解できず困惑する。地獄行き?海美なら絶対に口にしないワードだ。
「海美、喧嘩したのは私も悪いと思ってる。ねえ、全て知ってるんでしょ?ずっと夜なのも、変な世界なのも。おしえて」
「全部決まってることだったんだ。贖罪の余地をくれるなんて」
「海美!」
「お姉ちゃん、ホントごめん。わたしきちんと罪を償ってくるね。今までありがとう」
影は動かないくせに海美の言い訳は晴れやかな気色を含んでいた。彼女は暗闇へ吸い込まれるようにして私の視界から消える。
「地獄に行くね」
彼女は涙を流し、黒い炎に包まれていった。
人々の言う地獄という世界へいってしまったのか、はたまたそのまま消失したのかも──判断できぬ間に海美はいなくなった。
茫然自失、それだけだった。
照らされた道がやけに年季をつのらせていることも、朝焼けのあかるみに現れた村は私の知らない土地だってことも、明らかになった事実。それだけのことであった。
憤慨や悲しみや理不尽さなどの感情はもはや湧かなかった。
──帰りたい。
海美と共に家へ帰って、次の日に光子と花火大会へ行きたい。私はやらなきゃいけない事柄の多さに途方に暮れる。でも、帰りたい。私の居場所はクサイけれどあの村しかないってことだ。
「チョゲ…?」
名を呼んではっとした。
──彼女も行ってしまったのではないだろうか?
「…チョゲ!」オオカミたちがこちらを見ている。
猿橋の子だ、と声が聞こえる。猿橋の家の子だ。ああ、あの家の。そうか。あの一族の。
私は四方から聞こえる声音に怯えた。たくさんの老若男女の囁きが迫る。
「お前は村を裏切った」
ボソボソと大人達の話し声が暗闇で響いている。数人の男たちが誰かを囲い、厳しく責め立てているのだ。
「あまつさえ娘までみごろしにするのか」
私は初めて人の気配を察知し、安堵した後場の張り詰めた空気にただ事ではないと悟る。彼らはきっと村の人々でありなにやら非常事態を悔いているらしいのだ。
懐中電灯がふらふらと森を照らし、木々をなめては消える。彼らは怒りに手を震わせていた。
「そんなことはない、そんなことは…」
か細い男性の反論は今にも泣きだしそうである。
「俺達は不安だよ。あんたみたいな信用ならんやつが、この村にいることが。さっさと身支度してくれないか?妥協しているんだ。これでもかとね」
「信じてくれ…信じてくれ…」
何か村で起きたのだろうか?あれは私の父?いや、よくよく目を凝らし近づいて見れば、彼らは少し古臭い服装をしていた。ただ彼らが村の自治体なのは分かる。だって祭りの半被を着ているから。
反射的にあれが現実のものでないと、私は直感した。
獣どもがギラギラした殺意を滾らせ一斉にこちらを向いた。人の幻影は消え失せ、彼らは野生動物へと変貌する。
山の使いである山犬だ。