ほんとうのはなし
光子の怪物がドタバタとのたうつように付け狙う。キツネに似たそれは、私を食べようとしている。頭が真っ白になり間違えてリビングへ迷い込んでしまった。
「光子!やめて!私は──何も」
「それ、返して欲しいなあ」
「それ、返して欲しいなあ」
「それ、返して欲しいなあ」
「それ、返して欲しいなあ」
壊れたテープのように同じ言葉を吐き続ける。
冷や汗が頬をつたい、私は後ずさるしかなかった。
「サルハチ!」
弾丸のようにやってきたチョゲが光子のような獣の後ろ足に噛みついた。
「サルハチ!早く!そいつを倒して!」
「え!で、でも」
「サルハチい!」
──脳裏に割れたスイカが浮かぶ。額に傷がついている。
儀式の印。
私は台所で無造作に転がっていた包丁で大口を開け、迫ってくる顔面の脳天を突き刺した。
「猿橋…そ、れ」
包丁が刺さった状態のまま、化け物は動かなくなりつつある。どうしてよ。
ミツコ。あたし、ミツコのこと、信じていたのに。
形作っている体はたくさんの動物の死骸になるや、みるみる腐っていく。漂い始めた強烈な腐臭にチョゲが鼻腔をつまみ、逃げていった。
「やだよお…もう、やだ」
日記帳によれば都会で流行りつつある「祖霊の囁き」という、悪魔崇拝を基礎とした宗教に染まったのは…光子であり、夜な夜な山の生き物を生贄に捧げていた。
たくさんの殺生をしたのだ。
そして味方を増やすために後輩を洗脳した。あの女子生徒も、そうだった。日記帳をかかえ、外へ逃げ出す。
──この"世界"を狂わせたのは光子だったのだ。
泣きながら、私は幽世といえども光子をあやめたのだと自覚する。光子だったソレを殺せてよかったのだ──とも。
あの、海美と歩いた道で、割れたスイカから血が滴る。血が止まらない。
嫌な記憶が蘇りそうになり、光子の日記帳をさらに抱きしめる。
これを、みんなに見せなきゃ。
私は仮初の世界にいたのだ。彼女は天使なんかじゃなかった。欺いて、私の幼なじみのフリをしていた。マドンナのフリをして詠子を虐めていた。
最初に近づいたのも私を利用するためだった。スイカ畑の話は、不本意だったみたいだけど…。
私を騙して、肝試しに行かせて──詠子の住宅の鍵を開けさせたのだ。
────ずいぶん昔(というか私が幼少のころ)までは家主はいたのだ。職業は謎だ。
確かこの村では珍しい移住者だったことだけは覚えている。田舎ライフだとか…農家になりたいとか、そんな理由で越してきたのだろう。
それが多分本人にとっては最大の過ちだったのだと思う。
排他的な土地に移り住んで、案の定──孤独の身となってしまった。その人は経緯は不明だがこの家で首を吊って自殺してしまったのだ。
幼い私が耳にした噂だ。
──オンボロお化け屋敷なんて、その頃はなかった。なかったのに、嘘をついて肝試しをさせた。
そして、詠子の妹は死んだ。
詠子の妹は小さかったから、お留守番が嫌で仕方なかったのだろう。外に出て、事故にあい、死んでしまった。
影井家は幼い妹を夜中に外に出させ、家族で夜な夜な都会に出かけた無責任な行動、加わうて工場を誘致した罪。
避難は収まらずに村八分で引越しを余儀なくされた。
壊されたのは、わたしたちの世界だったのだ。
「チョゲ…?」
チョゲがいないのに気づき、探す。
「チョゲ、どこにいるの?!」
オンボロお化け屋敷を思い出し、走り出した。