現実逃避
「え」
「みんな、みんなは同じ生き物だよ」
涙を浮かべながら彼女は零した。その様相に心がざわめき、私はわざと話をそらそうとしてしまう。
「ねえ、幽世ってなに?」
「幽世は幽世っ」
うやむやにされて、こちらまでウツウツとした気持ちになる。二人で血にまみれた研究所を去る──はずだった。
廊下から見えた室内のカレンダーの数字にハッと立ち止まる。
夏のはずのカレンダーは十一月になっていた。私の記憶はまだ七月なのに。
なぜ?
──考えたくない。考えて、整理整頓したら…。
そのままにしていれば、まだ…。
「あたし、に、何が起きているの…」
「サルハチ?早く行こう」
先を歩いていたチョゲがこちらを振り返る。「あ、うん」
「学校なら、さすがに無人だよね…」
オオカミたちの死骸が転がっている空間と時間を共有したくはなかった。
血生臭い空気から逃げるためにそそくさと工場建設から遠ざかる。
「サル八チ、遊ぼう〜」
「はぁ?この期に及んで何言ってんの?」
「線路歩きしよっ」
しょうがなく、いや、気持ちを切り替えたかったから、頷くしかなかった。
「線路ってどこにあるのよ?」
「■■ってところ!」
生憎その言葉は聞き取れなかった。早足で道を上る。山の中腹にある学校へと続く道は坂になっているため、自然と林に入り込む。
見慣れているのに異界のような、うら寂しい静寂を歩いている。
「コッチ〜!」
はしゃぎながら駆けていくのを眺めていると、チョゲの言う"線路"がすぐ見えてきた。私が住んでいた世界にはもうない、私鉄の他所へ走る鉄の線だった。
眼前に見えてきた線路へ向かう事にした。
今更、なぜ線路がまだ村にあるのかと気にしない。この世界──幽世は何でもありなのだから。