工場
いったいどこでそんな言葉を覚えてたんだ。ということは…俗に言う一匹オオカミである。いわずもがな孤高さは伝わってきた。
あんな神々しくて綺麗な狼がどうして独りでいなくちゃいけなくなったんだろう?
「ふふん」と得意げな笑みを浮かべチョゲがなあなあにしようとする。
「ネムちゃんはサルシチと同類なんだじょ」
「あの人も元はあっちの世界でくらしてたの?!」もしかしたら人間だったのやもしれない。私もあの狼の如く原型を失っていくのだろうか…。
「ちゃうちゃう。ボッチってことだよう。はやとりちサルハチなんだから~」
「はあ?」貶し言葉だった。
「よし、開けてみよう」
何か、展開があるかもしれない。私は錆び付いたドアノブを握り、力いっぱい引いた。
工場の扉を開けると、真昼の温かさと日差しが眼下に飛び込んでくる。いきなりの閃光に戸惑っていると、誰かに呼ばれた気がした。
「あ、れ…?」
「お姉ちゃん」
「…美々?」
逆光で表情は見えないけれど、その声音は美々のものであった。
「悪いことした…ごめん」
「どういうこと?美々…あんたなんでしょ?」
佇んでいる妹は微動だにしない。まるでそこに張りつけられた影の如く、ただ佇んでいる。
「美々?」
「どちたの?」
チョゲの声に我に返り、暗闇が広がって居るのに気づく。また幻を見ていたのか?
「このコウジョーってさー、人のお肉でお金稼いでたんでしょー?」
「な、何言ってんの!人肉工場とか、きっと音の歯もない噂だよ!」
人間に破壊されたと思わしき痕跡があちらこちらにあるのは──不良の遊び場になった印、または村の反感を食らった証だ。
一台の廃車が草原と化した空間が駐車場だったと告げている。
景気の境目に立たされた工場は瞬く間に消えていった村の腫れものとなってしまったのだが撤去はされていない。
殺伐とした村と裁判対決に持ち込まれ勝利を得たはずの工場が沈んで行くのを村の人たちはどう嘲笑うだろう。消えない蟠りを残していった悪魔の手先どもは…結局甘い汁をすすれたのだろう──寂れた工場は人だけが消失してしまったかの如く静寂と哀愁を漂わせていた。廃墟となって間もない、倒産した時から手付かずのまま。…いや────
「まだ倒産なんてしてないはずだけど」
おかしいのだ。私の認識では「昨日」だってもくもくと煙を吐きだしていたはずなのだ。それなのに──この有様は。
「タイムスリップしたとか…じゃないわよね?」
この世界は未来だとか、言われたら納得してしまう荒れようだ。
「たいむすりっぷ?なぁにそれ?」
「…あんたには分からなくて結構」恐る恐る半開きの扉を潜り、暗がりに支配された施設内を見渡した。