ネムフスキー
スイカ畑を鉄の塊にした──忌まわしい廃屋はうっそうとした雑草の中佇んでいた。歪な屋根のシルエットは遠くからみると「宇宙船」にみえるとか、船にみえるとか、子どもには人気だった。
夏だというのに寒々しい風が吹きそうなぐらい荒廃したそこはひそやかに朽ちていた。
人間に破壊されたと思わしき痕跡があちらこちらにあるのは──不良の遊び場になった印、または村の反感を食らった証だ。
一台の廃車が草原と化した空間が駐車場だったと告げている。
「わー宇宙船だ!」
景気の境目に立たされた工場は瞬く間に消えていった村の腫れものとなってしまったのだが撤去はされていない。
殺伐とした村と裁判対決に持ち込まれ勝利を得たはずの工場が沈んで行くのを村の人たちはどう嘲笑うだろう。消えない蟠りを残していった悪魔の手先どもは…結局甘い汁をすすれたのだろうか。
なんてまじめな感慨に耽っていると雑草に塗れた駐車場の一角からさも言えぬ気配がした。
いや、視線だ。
否が応でも心拍数があがる。
白と黒の狼たちを彷彿とさせる──獣の怜悧な視線がこちらを伺っている。チョゲの仕打ちに怒った仲間が報復に来たのかもしれないのだ。
「…誰かいる。どうしよう…」
「んー…どれどれ?」
近未来的なシルエットに歓喜していたチョゲがちらりと草藪のほうを見据えている。
警戒しているのか毛並みが逆立ち獣の耳を精一杯動かして様子を探る。私だってできるかぎり目を細めてみたが暗がりでは何の役にもたたない。
ヒトは暗闇では弱者に等しい。
炎や懐中電灯があればいいのに。私の周りでは何故かヒトの「味方」が皆無だった。
運に見捨てられている?それともチョゲの思惑?
「狼じゃないよね?」
「…」まるで取り憑かれたようにじっと草藪を魅入るチョゲに肝を冷やされる。「ねえ!」
藪が揺れながら近づいてくる。蛇だったらいいのに。それは朝日のような異質な光を振りまいて、私たちを牽制した。
(ヒト?!)
銀の毛並みが帯を引く。軽やかに走るのはおぞましい獣ではない。
あの獣と同じ形をした、光を纏った不思議な存在だった。
野をかける「獣」は私の視線に気づいて足を止める。ピンと空気が張り詰める。琥珀の双眸がこちらを捕えている。
「ネムスフキー!」
チョゲがぴょんと私の腕から飛び出す。その身軽さで「獣」まで駆け抜けた。
凛とした──ネムフスキーというオオカミはあろうことかチョゲに威嚇した。ヤツもあいつらの仲間!?
「やめてよう。怖いようお兄ちゃーん」
牙を剥かれてわざとらしく腹をみせる彼女。その行為に渋々というように興味をなくす。
「ん…あのこ。あの子はサルハチっていうんよ」
「猿橋です」
「だってー。いろいろあってこーなっちゃってるんだってー」
チョゲとは違い、あのオオカミも一言も言葉を発さない。むしろそっちの方が本来の「狼」っぽくて安心する。
赤目の黒狼と白狼たちとは毛色の異なる落ち着きを払った人(?)のようだ。
私をみても噛みつこうともとびかかろうともしない。じっとこちらを伺っている。
野犬よりも一回り大きいが、日中歩いていればシベリアンハスキーに見間違われるぐらいだ。この異形よりも数段見識があった。
「ネムちゃんがおうさまのおニオイがしたってー。」
「おうさま…?」