オオカミ
チョゲがキツネの狩りそのものでネズミを「ぴょん」と上から飛び付いてかみ殺している。骨と肉を裂く音が耳障りだ。
草陰をうろちょろしているネズミもどこかこの世のものでない様相をしたもので悪夢そのものだ。
「…ほら、サルハチも食べなよー」
口を血まみれにして私を仰いでくる。
ネズミは半殺しにされたまま呑み込まれてしまったらしい。あんなおぞましい行為、人間の私ができるわけがない。
「料理したら…食べられそうだけど生はちょっと…」
「えー食べないと!」じんましんがたちそうだ。
「ワンちゃんってネズミも食べるんだ…ちょっとだけショック…」
犬だって狩猟用の犬種がいる訳であるし、ネズミを食すのは普通かもしれない。ただ口の周りを血まみれにした子供の顔はいただけなかった。
「あたちはおおかみ。いぬじゃらいの!」
衝撃発言だ。
みすぼらしい「人面犬」程度にしか考えていなかった私に予想外の真実がつきつけられる。
「オオカミって…絶滅したんじゃないの?」
「…ぜつめつ?」
「日本にはオオカミはいないの。いるとしても動物園ぐらいでしょ。」
「あたちいるよ?」
「あんたオオカミっつーよりも人面犬でしょ?それこそ天然記念物だと思うよ。高値で売れるぐらい」
「いやんあたちを売るのっ?」そういう所だけ博識なのだから癪に障る。
「…。じゃああのシロクロもオオカミなわけ?」
えっへんとけむくじらゃらの胸をはり彼女は頷く。狼であることが誇りらしい。
「そーだよっ!いぬいぬいぬいぬゆーてるけどアイツらも列記としたおおかみなのよっ!」
「じゃああたしは?あたしもオオカミになるの?」
それが一番聞きたいところだ。私はこれからどうなっていくのだろう?
「サルハチはサルシチだよう」
小首を傾げられる。というかハルシチってなんだ。猿橋です。
「…いっぱいいるの?チョゲの仲間」
あの白と黒の狼どもが洩らしていた発言は「きっとわれらをくいつぶそうとするはんぎゃくのもの。しつまするほかないのであろう」
──後ろには仲間を臭わせるものだった。
少数だろうが多数だろうがヤツらには守らなきゃならない群れの存在があったのだ。
狼という存在が日本に生息している?
まさか。私もチョゲも普通の人には可視できない「身確認生物」になり下がっているのだ。
「いるよー。わんさかわんさかあ」
無邪気に彼女は言う。はたして彼女が本物の狼だとは信じられないものの同じような生物がこの村に潜んでいるのは理解した。
チョゲは人間と「狼」のクオーターなのかも、しれないし。この世はなにが起こっても不思議はないのだ。