なぐさめ
「そうだよう。だってサルハチ。がんばるのよってゆったやーん」
「…そうだけど。そうだけどさあ…」吐き気がする。こんなに無残な死に方をした動物をみたことがない。傷だらけになって、骨までみえて。目を逸らしたくなる。
もこもこで可愛らしくて奇妙な人面犬に負けるタマじゃないってことも。
コイツはなんなんだ?
「サルハチ?ぐあいわるいの?ああおかなへったの?ほーらごはんだよう」
「ご飯…?」
「オカオまっちろなのも、おゲロはきそうなのもきっとおなかへってるからだよう。お母さんがごはんもってきたよーう」
血を滴らせたナマクビを畳みに放り投げてヤツはシッポをふる。褒めろと。褒めてほしいとねだっているのだ。
「あたしが…これを食べるって?」
「ごちそーだよ。ごちそー」
褒めてやる気もない。これまで走って逃げてきた疲労がどっと体を襲う。重力のままへろへろとつっぷする。
「サルハチっ!だめっ!寝ちゃダメっ」
「うるさい…なんで…どうして…私ばっかり…こんな目に遭わなきゃ」まるで主人公だ。けれどそれも望んでいたことだ。
非日常に迷い込むこと。
非日常なんて。
「ネガティブになっちゃダメよう。ジンセー楽しくないよう」
「あんたはポジティブすぎんの…」頬を人間の小さな舌が舐める。鉄の臭いがする。あの野犬のものだ。
血が唾液と共に皮膚にすりこまれていく。気色悪い。そう思うとヤツを遠ざけていた。
「…さるはちぃ…」
しゅんと項垂れてチョゲはこちらをみている。つぶらな純真な瞳で。
血の異臭がする。このバケモノからも。そこに落ちている物体からも。血だらけだ。まぼろしの血でまみれている。
なにやらこちらに尾を向けていたヤツがこちらをみやる。弱っていると勘違いしているようだ。
的を得ているのだ。動かなくなったら「消えて」なくなってしまうのだし。彼女らからしたら死を意味するのだろう。
看病をしようと懸命な様子で。私の。
「ちょげやめて分かったから、元気だから…ね?」
足音がした。
砂利と雑草を踏む音だ。
人のものではない。タヌキかイタチか…それとも片割れか。白い野犬が私を襲いに来たのか。
それは軽々と家屋まで浸入する。ちりちりと異様な輝きを放って。そついから放たれた「火の粉」はさしずめ蛍の如く宙を舞い気化する。
野犬ではない。
眠りに足をとられた私を射抜き、しばらく身動きもしない。観察しているようだ。
私がなんなのか。じっとくまなくその眼でたしかめようとしている。
低音がなにかを口走る。男の声音だ。そいつも―チョゲと同様言葉を話す不思議ないきものだと頭の隅で納得した。
だからあんなに光っていて綺麗なのだ。
そいつは私に語りかけているつもりで淡々と喋っている。いや。端から応えを期待しない一方的な会話だ。
そろそろ夜が暮れる。埃を巻き上げる淀んだ空気に白けた朝焼けがさしこんだ。魔性の輝きさえもかき消して。私たちの時間を焼却していくのだ。
有象無象の活動時間は終わりだ。
日の元で生活する清いものたちの世界が始まるのだ。
再び眼を醒ますのは新鮮味を失った月の支配する世界だ。
お久しぶりです。