おんぼろオバケ屋敷
唸りを転がし威嚇するイヌらからどきりとするぐらいの視線を感じる。赤目でこちらを睨んでいる。
「チョゲが欲しい?そうだチョゲをあげる!あんたらコイツを追ってたんでしょう?!」
腕の中で息を殺しているヤツとは真反対にイヌは喋らない。本来イヌは人語を喋らないのであるが…。コイツが例外なんだろうか?
じっと様子を伺っている。
「うう…っ仲間をさしだすの?」涙ぐんで見上げてくる。罪悪感が胸をさしてきた。
なにいってるの。コイツがいつ仲間になったのだ?
勝手についてきて騒いで足手まといになっているだけではないか。「ったりめーだぁ!」
「ひうぅ…っドイヒー」とつぶやいてチョゲは自発的に腕から逃れ地面に降り立った。もこもこの四肢を勇敢に奮いたて敵に立ち向かった。
売られたケンカに野犬どもの興奮もヒートアップする。私からみてきっとチョゲは負ける。だってもこもこしてるし小さいし…。
「わたしはたたかう!にげるだけがジンセーのヒケツじゃないの!ないのー!」
う…っ私の恥ずかしい言葉をセリフにしやがって…!
それを火ぶたに獣の唸りと土埃が交差する。おそろしい。一対二の戦いだ。勝ち目はないのだ。
チョゲが敗れたら矛先は私に向かう。鋭い牙と爪を私は持ち合わせていないのである。今こうして二匹がじゃれあっている間―そのすきに逃げるしかない。悪いがあなたの勇士を利用させてもらうことにしよう。
「チョゲっがんばるのよ!私は先にいってるね!」
がるがると獣の唸りと土埃を背に全速力で撤退する。
決してあなたを忘れない!―なんて後味の良い思いだけを浮かべてやり過ごす。セコイ人だ。それが私である。
それも…自分に言い聞かせているだけだ。
―――
がむしゃらに逃走をはかれば私のまわりはあの「おんぼろオバケ屋敷」に辿り着いていた。
すいぶん昔(というか私が幼少のころ)までは家主はいたのだ。職業は謎だ。
確かこの村には珍しい移住者だったことだけは覚えている。田舎ライフだとか…農家になりたいだとか、そんな理由で越してきたのだろう。
それが多分本人にとっては最大の過ちだったのだと思う。
排他的な土地に移り住んで、案の定―孤独の身となってしまった。その人は経緯は不明だがこの家で首を吊って自殺してしまったのだ。
幼い私が耳にした噂だ。怪しくて頼りがいのない話だ。真相は闇に葬られ残されるはおもったるい雰囲気の古民家だけである。
「おんぼろオバケ屋敷」は荒れ果てていた。
忘却された人里離れたこの家は―多少荒されているものの、自然の赴くままにその役割を終えようとしている。
はたして本当に幼いころまでここに人が住んでいたのかも怪しくはなってくる。そのぐらいの半壊度だ。
夜闇に紛れているのが御馴染になった私の眼球は進化していた。
不自由はない。ただ光が差し込まないだけの世界だ。暗いだけの静かな世界だ。
倒壊した玄関とその家内の様子までありありと見える。私もこの世界に居続ければ「ニンゲンではない」ものへと堕ちていくのだろう。
そっと足場を確認しながら屋内に入る。
鼻腔にむっと埃やらの湿った臭いが立ち込めてむせそうになる。事実これも自身が錯覚している現象だ。
あの犬もそんな部類の生物なのだろうか?
生物というのも語弊を招いた表現だ。けれど…私はいったい何者なのだろう?どうしても理解ができない。
夢から覚めれば、いや、現実では今頃、自分の部屋ですやすやと寝ているのだろうか…。
「ばかばかしー」
とまあつらつら考えている。無意識に人ン家の私物を漁っていた。新聞紙、家具、他愛もないガラクタ…。
ここまで保存状態もよく残っているのはある意味奇跡的だ。盗難やらにあってないのだ。
自殺した曰くつきの家なんか寄りはしないか。
肝試しの形跡はある。名前なんて描いちゃって。若気の至りといったところ。
おそるおそる部屋の奥へ向かう。野犬どもが襲ってくるかもしれない。逃げ場は塞がれるが運よく隠れるられるかもしれないという希望だ。