第5話 冒険者ギルドと、おかしな受付嬢と
物心ついた頃から10年以上抑え続けてきた闇属性のマナ。
それをバッチリ開放してひと暴れした俺は、これまでの暮らしを思いながら町へと向かう。
両肩にどっさり獲物を担ぎながら、魔物の棲む森を出て、平原も抜けて町の西門へ。
見慣れた石造りの町並みが見えてくる。
そこから向かう先は町の中心、冒険者ギルドだ。
町の真ん中にそびえる、ひときわ頑丈そうな2階建ての建物、冒険者ギルド。
入り口は分厚い木製の扉、黒鉄の板と鋲で補強が施されたものだ。
今この身体にはエネルギーが満ち溢れていて、ここまで軽く走って来てしまっていたので一呼吸おいてから扉をグィと押し開けた。
日が落ち始めて薄暗くなりかけた室内で受付カウンターの魔導ランプがほんのりと光っている。
冒険者ギルド。
そこは日々、老若男女、様々な人々が行き交う場所だ。
仕事の依頼を出す者、仕事を探しに来た者、意味も無く溜まり場にしているだけの者。
正面のカウンターの向こうでは職員達が忙しそうに仕事をこなしている姿が見える。
どうも最近、町の近くに未知の洞穴が現れたとかという話があって、その探索のためにギルドは賑わっているらしい。
さて、俺が向かうのは素材の買取カウンター。
獲物は自分で解体しても良いし、ギルドに処理してもらってもよい。
今日は手数料を払ってギルドにやってもらうことにしよう。
いつもの角ウサギだけなら自分でやるのだが、今日は魔狼3匹と角ウサギ2匹という量だ。むやみやたらに身体が元気なので持ち帰ってくるのは余裕だったが、処理はしてもらったほうが早いだろう。
解体用の受付に、ドカリと獲物を乗せる。
「すみませーん」
…… …… 声をかけても誰も職員が出て来やがらない。
ま、いつもの事だ、しばらく待とう…… ……
…… ……
…… …… ……
「ごめんなさい、お待たせして」
ほんとに待ったね。
ようやく来てくれたのは、やたらと愛想の良い女の子。
俺にこんな丁寧な態度をとる人間なんてこの町では珍しい。
彼女はこのところ噂にまでなっている美少女受付嬢。ロアさんだ。
年はまだ俺と同じくらいだろう。
もとは他所から来た流れ者なのだが、すでにギルドに来る若い男達のアイドル的存在になっている。
「あー、待つのはいつものことですから」
適当に返事をする。
あまり愛想を良くしても、彼女も俺も得をしないからな。
「あの、ところでエフィルアさん。大丈夫ですか? ずいぶんボロボロになってるみたいですけど?」
さくっと取引を終わらせたいのだけど、彼女はひたすら愛想が良い。
今度は俺の様子を見て心配してくれたようだ。
なにせ上半身の服はもう消滅しているような状態だ。下半身は残ってくれていて助かる。
ふうむ、身体のダメージ自体はすっかり回復しているから忘れていたけど、今の俺の姿は酷いありさまなのだった。どう見てもおかしな格好だ。
「なにかありましたか?」
この人は、町で不人気No1の俺にまで気をかけてくれる。
どうかしてるな。そりゃあ人気もでるわけだ。
だけどだ、気遣ってもらって申し訳ないけど、あまり詳しく話をするわけにもいかないし、それに何より俺と仲良くしていたら彼女に被害が及ぶ可能性が高い。
そのうえ俺も彼女のファンからの無用な恨みを受ける事になるのだ。何も良い事はない。
なんとなく話を濁して、買取の手続きを進めてもらう。
「はい、分かりました。ではエフィルアさん、今日はこちらを買取で・す…… ね? おお~!」
「いや、あのあまり大げさにしないで下さい。目立ちますから」
普段俺がここに持ってくるのは角ウサギを1~2匹くらいのものだ。
ロアさんもその事は認識しているのか、少し驚いたようだ。
「ああっ、ごめんなさい」
ロアさんはハッとしたように口元を押さえると、ひそひそ声で言葉を続ける。
「ヒソヒソ 今日はいきなりどうしたんですか? 凄いですね。魔狼が3体もあるじゃないですか ヒソヒソ」
「いや、その話し方も逆に目立つので普通にお願いしたいです」
コソコソする必要はないのだが。
普通にしてくれれば良いのだ、普通に。
だけどやはり、オークの肉は持ってこなくて良かったかもしれない。
かさばるってのもあったが、俺がいきなりオーク肉を持って来るのは流石にね。
「ははは~、そうですね。これは失礼いたしました。つい驚いてしまって。だけどエフィルアさん、狩りは単独ですよね?」
「はい、この獲物については単独ですね」
「いやあ、ありえませんよ? その年齢で魔狼3匹を1人でなんて。さすがエフィルアさんですね」
なんだかやたら持ち上げてくれるロアさん。この人はこういう人なんだよ。
誰に対しても優しく礼儀正しいってね。
そんなこんなで魔狼と角ウサギはそのまま引き取ってもらい、その他の魔物の小さな魔石も全て売り払った。これだけあれば、足りていなかったボロ屋の家賃を支払っても、少しはお金が残りそうだ。
今日明日の食料については、食べる分だけ持ってきたオークの肉があるから大丈夫だしな。
明日からもこの調子で狩りが出来れば、生活は随分楽になりそうだ。
そんな幸せな生活設計を頭の中で展開し始めると、今度は厄介事の種が視界に入ってくる。
聖女様御一行だ。
すっっかりっ 俺のことなど頭にない様子で、いつものように大声でバカ騒ぎをしている5人組。
その顔を見た瞬間、今すぐこの場で彼らを爆滅するという選択も頭をよぎった事は否定しない。
だがねえ…… それをやれば確実に俺は極悪犯罪者だよ。
いくら先に殺されかけたのだと声をあげたところでどうにもならない。
彼女はこの町の有力者で聖女様、俺はギリギリ人間として扱ってもらえてる最底辺。
誰もが彼女の味方をするだろう。
だからもし彼らに対して何か行動をおこすにしても、それは今この場でやるべき事ではないはずだ。
ギルド内には彼らの相変わらずの馬鹿笑いが響いている。なんか楽しそうに騒いでいる。
しかし凄い。感心する。あの切り替えの早さ。彼らはどうも、常に何があろうと心の底から己に非が無いと信じきっているふしがある。
いくらなんでもそれは、やはり脳みその構造的にちょっと弱すぎるんじゃないかとすら思う。
ああしかし、そのせいなのだ。あまりにアレなんで、つい手助けを。
もちろんそれは完全な間違いだったわけで、下手な情けは結局、彼らの為にもならないのだろう。
彼らの親は何をやっているのだろう…… ああ、親もあんな感じか。
彼らは騒ぐ。カウンターの端に据え付けられているスキルチェッカーのところだ。
LV10に満たない者はこの魔道具を使う事になる。
「おおっ! やった、オレはLV7になってるぜ」
「なによ~、まだLV7なの? まだまだねぇギャオ。私はもうLV10。ハイヒールまで覚えてるのよ?」
「え~待ってくれよ~、聖女様と比べられたらたまらない。成人したばかりの14歳なら、LV7だってめったにいないんだぜ? エルリカは特別なんだよ。オレ達の年齢でハイヒールなんて使えるのはまさに規格外。聖女様くらいのもんじゃないか」
「「ふふふ、そうよエルリカ。アハハハハッ」」
大声で繰り広げられるのは、ちょっと寒い自慢合戦。
彼らはどうしてそのLVでそこまで豪気になれるのだろうか。
確かに年齢のわりにはマシなのだけど。
どうやら彼らは毎日のようにここに来てはこんな事をしているらしい。
レベルというのは魔素の密度や量で決まるものだ。
魔素はエネルギータンク。
マナはエネルギーそのもの。
魔法を使うにも身体を強化するにもまず魔素ありきなので、その値を数値化したものがレベルとして表示されている。
一般成人でLV3~4。新米の兵士や冒険者でLV5~という感じだ。
聖女エルリカのLV10は、14歳の新人としては確かに高いのだけどそこまで特別なことじゃない。
むしろ俺みたいに貧乏でひたすら戦うしかなかった人間は、単純なLVだけならそれを超えているのも珍しくない。
昨日までの俺でもLV12はあったくらいだ。
まあ、装備やアイテムなんかの面ではこっちの惨敗だけどな。
なにはともあれ、いま彼らに関わっても何も良いことはない。
バカ騒ぎが続いている向こう側とは反対の扉から外に出よう。
俺は扉に手をかける――
ドバアァァンッ
突然、俺の目の前の扉が、こちらに向かって勢い良く開く。
ドバンッッ
思いっきり俺にぶつかる扉。
そして思いっきり跳ね返る扉。
すさまじい勢いでギルドに入ってきた男が、跳ね返ってきた扉に挟まれて悶絶する。
ああ、大丈夫かな? 俺のせいじゃないよね?
ギルド中の目がこちらに向けられる。
あわてんぼうな男は痛みに耐えて立ち上がり、声をあげる。
「娘がさらわれた!! 相手は人間のような顔をもった4つ足の獣だった!!!」
人間のような顔の獣? 人面犬的なやつだろうか? この世界ではそういった魔物の話は聞いたことがないが。
実にあわてんぼうな感じのするこのおじさんは、もしかしたら夢でも見たのかもしれない。
しかしもし本当なら、町の中に魔物の類が潜入しているなんてのは一大事だ。
バァァンッ!!!
「なんだとっ!!」
今度は階段を上がってすぐの2階の部屋から女性が現れた。
タフでむっちり美人な女戦士。ギルドマスターである。
突然の出来事に騒然とするギルド。
ギルマスは人面獣に何か心当たりでもあるのだろうか?
「非常召集だ! 例の洞穴内から沸いた怪生物が町に入り込んでる可能性がある! 全冒険者は町の探索にあたれ! 衛兵達は警戒態勢!!」
「「「ハッ!」」」
ギルドに詰めていた衛兵達が迅速に列を成して飛び出していく。
そのあとから冒険者達がバラバラと外に出る。
そういった魔物は聞いた事がなかったが、そうか、あの洞穴の新種か?
その後すぐに、挟まれおじさんの話がまとめられて皆に通告される。
さらわれたのはまだ小さな女の子らしい。
さて俺も冒険者だ。この非常召集には応じなくてはならない。
とりあえず行ってみよう。
扉を開けて1歩、外へと踏み出す。
そこに広がる景色はいつもの町の姿。
すっかり日が落ちて、魔道灯の暖かな光が町の陰影を浮き立たせている。
ただ、その町並みに、
少しだけ感じる違和感。いつもとは少し違う存在があった……
あれは大きな蝶? 蛾? それが飛び交い、町の夜明かりにガラスのようなハネがキラキラと照らされている。
そして良く見れば…… そのハネにもまた人の顔のような極彩色の文様が浮かび上がっているのだった。
「「「きもぉぉぉ!」」」
町中にムシ嫌い達の絶叫が木霊した。