第3話 闇落ちしてみた
「ふぅッ ぁぁっ
ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
頭が真っ白になる。何が起きているのか分からない。
己を縛っていた枷をゆるめた瞬間から、巡り巡り、あふれ出るマナの奔流に身体が軋みを挙げていく。
そして同時に、この身体と霊魂の隅々にまで力がみなぎっていくのも感じる。
自分の身体の中に湧く、こぼれるほどのマナが、血肉に変換されて肉体が徐々に修復されていく感覚。
何がおきているのか良くは分からない。
死にかけの身体が、なんとか動かせるまでに回復し、聖女の魔法で焼け爛れた皮膚も元のように修復されていく。
死にそうなほどの疲労感に苛まれていた四肢に力がほとばしる。
俺は感覚を確かめるようにゆっくりと動き出す。
「さすがに、死ぬかと思ったな」
動きが微妙にぎこちない。
ダメージが大きすぎたせいだろうか?
いやそうではない、もっと根本的に自分の身体の感覚が、今までとは変わってしまっているのだと気づく。
とりあえずステータスを確認しておく必要があるだろう。
LV10以上の冒険者なら誰もが使える基本技能を発動する。
パッと目の中に現れるステータス表示。
網膜に直接投影され、自分にしか見えない情報だ。
名前 エフィルア 男 LV35
種族:魔神 状態:普通
「 ん 」
俺の口から間の抜けた声がこぼれる。
魔神? なにそれ、人間は?
アンデッド化なんてものなら起こるかもしれないなとは覚悟していたのだが……
おかしい。なんだかよく知らない種族になってしまった。
それからふと、頭部に違和感を感じて手をやると、角のようなものが生えているようだった。
レベルも35? さっきまで12…… だったはずだが?
それにスキルが異常に沢山。あれ?
聞いた事のないスキルがやたらと増えているが。
順を追って考えてみよう。
とりあえずはLVについてだ。
いきなり3倍近くのLV35になっているのだが、LV35というと、兵士なら1000人隊長、冒険者なら上級冒険者に達しているレベルだろう。
んー、何がおこっているのか。
明確にその理由が分かるわけではないが、本能のようなもので自分の身に起きている事を感じ取る。
俺には今まで内から湧き出る闇属性のマナを、それと同じだけの力で抑えてるような感覚があったのだ。
つまり、マナの大部分が自分の中だけで相殺されていた。
それが解消された。
よく分からないが、とりあえずLVについてはそういう事で納得しておこう。
問題は他にもある。
次に見るのは異常に高水準かつ、謎なスキルの数々。
スキル:
特殊
断罪の角-地獄門
闇属性:第5階級
自己再生:A-LV1 強化体:A-LV3
魔力強化:B-LV3 直接魔導操作:S-LV1 魔導視:S-LV1 魔弾:C-LV8
狂気化制御:S-LV1 変体制御:S-LV1
魔素吸収率上昇:SS-LV3
無属性:
魔力探知:C-LV12 気配察知:C-LV12
生活魔法:第1階級
ライト:D-LV15 クリーン:D-LV15 ウォーター:D-LV15 着火:D-LV15
んー、断罪の角-地獄門 ? なにそれ?
とうぜんこれまでの修練で身に付けたものではない。それどころか、まるで聞いた事すらないスキルだ。
こんなときは、試し打ちしてみるのが良いだろう。
やたらに大げさな名称の特殊スキルだが、どんな効果なのだろう。
発動、 “断罪の角-地獄門”
ふむ。角に蓄えられていた闇属性のマナが俺の頭上で凝縮していくようだ。
ごっそりとマナが抜けていく感覚があり、ほんの僅かとはいえ眩暈を感じる。そして俺の眼前には、まるで見たことのない景色が展開されていた。
火の粉が、吹き上がっている。
それは、2本の角から放たれた火焔球が、燃え立つような緑の大地に吸い込まれた結果の事だった。
明明と輝き、溶融した大地が割れていく。地の底まで裂けていく。
それを覗き込む。いや、覗き込むというよりも、意識が吸い込まれていく。
底の無い底から、亡者か何かのような姿をした群集が迫上がり、それは次第に1対の柱に変じて―― ――
んー よし。俺は意識を立て直す。なにやら凄まじい景色が眼前で巻き起こってしまっている。これはどうしたものか。
よし、いったん止めよう。あまりに尋常ではない事が起きている。とめ・ ようと している間に、
何時の間とも知れぬ間に、それはすっかり完全な姿を現していた。
鬼と悪魔と魑魅魍魎の姿に包まれた巨大な門。
町1つをそのまま飲み込むような、途轍もなく巨大で、遥かな建造物。
赤々と煮え滾る深い窪みの中に横たわる、その扉が、天の方を向いて開き始める。
開きゆく扉、その隙間から、全てを飲み込むような赤熱の瞳が見えた。深淵の瞳が見えた、轟轟たる瞳が見えた。
ただ、その大きな瞳を見せられるだけで、神話に聞く異形の支配者たちのような威容を思い起こさずにはいられぬほどに。
ばたん! 勢い良く扉を閉める俺。
可能な限り最速で、その門とスキルの発動を閉じた。
あぶなっ、あぶなぁっ。なにあれ。上手く停止出来てよかった!
「はぁ~~、まったく わけが分からんな」
あれほどの超常現象がまるで何事も無かったかのように、あたりは穏やかないつもの平原に戻っている。
「…… …… よし、いったん置いとこう」
あれがなんなのか、考えても俺には分からないという事が分かった。
なにせ今は他にも分からない事だらけなのだから、まずは全体像を掴む事から始めよう。それが良い。
「ふん、ふふふーん」
俺はつとめて気軽に、次のスキルを見ていく。
「ええとー」
魔素吸収率上昇:SS-LV3 か。
SSランクのスキルだな。つまりそれは伝説の勇者級のスキルだ。それも最初からLV3。
ライト:D-LV15
これはだいぶ気軽な魔法だ。Dランクの生活魔法だな。うん。しかしLV15。
いや、ライトの魔法だけではない。基本4種の生活魔法が全部LV15。
超一流の執事やメイドでもLV6くらいだったか?
そして闇属性が第3階級から第5階級に2階級飛んでいる。
これはいらなかったな……。
スキル全体で見ると、
闇属性の身体強化系統スキルと魔法系統スキル。さらに高LVの無属性スキルと生活魔法がある。
全部で合計15個。
その中には、人類全体でも使える人が限られるSランクスキルがいくつもある。
この水準の身体強化も魔法系統も両方使えるとなると、これはさっき言った上級冒険者なんて余裕で超えてしまう。
まだ成人したての14歳、新米冒険者である俺がだ。
ふぅ、ここまでで十分驚異的。
地獄門を除いて考えてもふざけたステータスだ。
いや、あまり大げさに考えるのはやめよう。
疲れているときというのは、物事をシリアスに考えすぎてしまうものだからな。
だが…… 最後に1つ、このスキルも確認しなくてはいけない。
一見地味な名称のこのスキルだが。
再生LV1。
意味不明な地獄門とは違い、このスキルについて俺は聞いたことがある。
御伽噺の世界の凶悪な魔物が使う技だ。
このスキルが高LVであれば、切り落とされた腕が瞬間的にズルリと生えてくるような芸当が出来るというアレだ。とても人の所業とはいえない。
いや、物語の中ならだが?
もし本当なら異常事態。そんな人間気持ち悪すぎ。
ふつう人間が習得できるのは、せいぜい高LVな自然治癒力増強スキル。
とてもじゃないけど欠損部位が回復するようなモノじゃない。
闇属性スキル…… か。
他にも"狂気化制御"とか"変体制御"とか物騒な文字が並んでるけど。
とりあえず今のこのスキル一覧を見た感じ、身体能力や魔力を大幅に強化するような構成になっている。
それと…… "直接魔導操作"とか"魔導視"というスキルから考えると、マナや魔素を扱う能力もあるように思う。
一方で直接的な攻撃スキルは…… 魔弾ってやつはそれっぽいけど、他にはない。
考えてみれば、闇属性を持っている魔物という存在は人間を超越した身体能力や魔導適正を持っているのが普通。
その力の原因て、闇属性だったんじゃないの?
魔物の中でも特に強い闇属性持ちであるアンデッド系が、やたらにしぶといのもこのせいかもしれない?
だけど、魔物はその強大な力と引き換えに、知性や正気を失った生き物とされている。
ああでもそうか。人間じゃないじゃん俺。魔神じゃん。
でもさすがにこの姿で町には入れないよな。いよいよ旅立ちの時か?
そんな事を想いながら、角だけでも引っ込まないかなと触っていると。普通に引っ込んだ。
「あれ?」
再びステータス確認。おお、種族が人間になっているぞ。
検証の結果として、人間と魔神と自由に変身可能であることが判明。
なんだ、これなら町にも入れる、とりあえず今晩は家で眠れるではないか。
キョロキョロと辺りを見回す。誰もいない、気配もない。あの姿は見られてはいないようだ。
まあ、考えたいことは色々あるけど、ステータスなんてそうそう他人に見せるものでもないし、見た目さえ人なら問題ないだろう。
とりあえず自分に起きてしまった変化は確認できた。
「よし、じゃあ次は実践でもチェックしておくか?」
そう口にしてみたが、どうだろう?
今日は様子見でいったん家に帰ったほうが良いかもしれないとも思う。
だけど……
いやあ、それは無理そうなんだよね。
身体の奥からマナがほとばしって、とてもじゃないけど大人しくしてられない。
「獲物は魔狼あたりで試してみるか。さっきは散々噛み付いてくれたし」
一人そう呟いて、先ほど命からがら逃げ出してきた森の中へと視線を向ける。
この手にボロボロの両手剣をしっかりと握りなおして。姿は人間のままで。
ダァァァン。足にマナを込めて爆発するように駆け進む。
一瞬で流れていく森の景色。
眼前にあっという間に迫る1匹の魔狼。
魔狼は突然吹きつける剛風とともに現れた俺に、ろくな反応を示すことが出来ていない。
ヴァフォォッッ ォッン
一振りの斬撃、いつものように振るったその一撃で……
魔狼は爆滅霧散した。
「あれ?」
ついでにボロボロだった両手剣も消し飛ぶように折れてしまった。
「あっれ?」