エピローグ
いま、俺のやりたい仕事ナンバー1は、コボルトの街での菓子職人である。
それがなぜ、こんなことになるのやら。
「みんな聞いてほしい。このままでは俺が、全世界に向けて戦線布告した大魔王か何かみたいになってしまう」
「エフィルア様。もう既にそうなっているかと」
ダフネさんがセクシーメガネをくいっと上げる。
「そんな冷静に返さないで下さい。ああ、あの鬼のおっさんらは何を考えているんでしょうかね。勝手が過ぎます」
「まあ神ですからね。そんなものですよ」
神よ、言われてるぞ。
とにかくだ。町の周辺は一見とんでもない事になってはいるが、これはただただ、偶発的におきてしまった城のお引越しに過ぎないのだという事を世に広く伝えねばならない。
何か戦いを仕掛けようとしてるだとか、そんな誤解をされては良くない。
町の周囲も景色は変わってしまったが、もちろん引き続きこの地域の統治は剣聖の家にやってもらう。(少なくとも表面上は)
とうぜん税も適切に納める。
そういった事を偉い人にお話しにいこうじゃないか。
いや、しかし待てよ…… そんな事をしてもアンデッドの居住権を認めてもらえるわけもないか?
ならばもしコボルト族だけなら? 亜人として通用するだろうか。
人間たちは、ドワーフやエルフとなら少なからず交流があるのだから、似たようなものだろう。
それも難しければ、交渉で時間稼ぎをして、どこか別な地下にでも移住することもありえる。そういえば、この古城は元々どこにあったんだ? いっそそこにいくか?
あるいは、その前に王国が問答無用で討伐軍を動かしてきたらどうする? やるしかない?
いや、あいつらも常に誰かしらと戦争中だったはずだ。動かせる兵力に余裕などない状態だと聞く。ならばやはり話をする余地はある。
この先どう転がるか分からんが、複数の事態を想定してすぐに動き始めなくてはいけない事だけは確かだろう。
トカマル君が俺の傍らで心配そうに見上げてくる。
ポンポンしておく。ふう。
神殿での一件のあと俺たちは一度城に帰還してきたわけだが、それは、肉体の損傷が著しいギルマスを回復させるためだった。
しかしなんと、ウチには回復術の使い手はいない。しかたなく神殿で石になっていた神官を適当に捕まえてきて、回復魔法を施してもらえるように丁寧にお願いしてみた。
すこし混乱していた神官連中に対して、フェンリル状態になったロアさんから話をしてもらった。
やはりこういう時は可愛い女性から言ってもらった方が事がスムーズに運ぶな。
必死の形相で治療にあたってくれているから回復は早いだろう。
それでもギルマスの身体の損傷はあまりに激しい。戦える状態にまで戻るには時間がかかりそうだ。
出来ればギルマスには仲介役としてだけでも動いてもらいたいのだが、今はそうもいかないな。
「よし、それじゃあロアさんとトカマル君。まずは剣聖のところに引っ越しのご挨拶に行こう。2人とも完全体になってついて来てくれるかな?」
「「ハハッ!!」」
2人は身体を変化させる。
そしてフェンリル狼は口を裂くようにニヤリと嗤い、冥界の騎士はギラついた大剣を胸に掲げる。
「ダフネさん。城はお願いしますね」
「はい。かしこまりましたエフィルア様」
彼女の後ろには竜牙兵の一団が控えている。
アンデッドがモリモリである。
この様子を人間に見られると、また面倒な騒ぎになりそうだ。
当面の間、アンデッド達の事は外に知られないようにと話をまとめておく。
逆に一番友好的に見えるのはコボルト族だろうな。ほぼ獣人みたいなものだ。
この圧倒的な犬感。モフさ。可愛らしさ。
やはり一度地下に回って、じょいぽんさん達にも声をかけよう。
こうして俺たちは引っ越しの完遂を目指すべく、人の町に向かう。
―― ―― ――
「そ、それでエフィルア。いったい何の用だい? 見てのとおりさ 今立て込んでいるんだ」
剣聖シオエラル君の邸宅の前、ちょうどうろついていた彼に声をかけることが出来た。数日ぶりの再会だ。
それにしても何事もなく剣聖の家の前まで到着してしまった。
フェンリル狼と冥府の騎士、それにコボルト族も数名連れてきたから、ここに来るまでに途中で止められるかと思ったのだが、
シオエラルも彼らに関しては何も言わない。そもそも、そちらに目を向けようともしていない。
俺自身にしても身体が少し変わってしまっていて、身長なんかが伸びているのだけど、シオエラルには分かってもらえたようで良かったよ。
話が早いな。それでは、用事を済ませるとしよう。
「ああ剣聖さま。実は近くでちょっとした空間事故があってね。こちらの獣人の方々が住処ごと転移してきてしまったそうだ。なに、とても気さくで良い人たちだ。なんとか友好的に平和的に事を治めたいという話なんだよ。それでこちらがじょいぽんさん。彼らの代表だ。ということで、御父上に面会を頼めるかな?」
「…… わ、わかった。 少し待ってくれ」
「頼むよ」
しばし、大人しく待っている俺。
相変わらず町の中はごちゃごちゃしていて、騒がしい。
それからすぐに、屋敷の中から出てきたのは武装した兵士たちだった。
その中には当代剣聖もちゃんと加わっているようだが、しかし皆、殺気がムンムンである。
おかしいな、何か手違いがあったようだ。
話相手は1人いればいい。よし、
石化しておこう。
やはりこのスキルは習得しておいて良かった。なんと便利なのだろうか。
もちろん相手方が石化耐性向上の準備をしている事もあるから万能とは言えない。
今後は感電系とか冷結系とか、麻痺系とか、他にも状態異常効果のある技は積極的に習得したい。
庭に広がる石像の間を歩き、彼のもとまで進む。
「こんにちは。お邪魔しますね当代剣聖さま。少しお話をよろしいですか?」
「あ、…… ああ、…… …… …… …… …… どうぞ、入って」
長い沈黙の後、スムーズに応接室に案内してもらえた。
素晴らしい。これならうまくやっていけるかもしれない。
「ソファも素晴らしいですね。フカフカだ」
「あ、ああ、ありがとう」
部屋の調度品は高級そうなものばかり。目が痛くなるような装飾だ。
ただこの屋敷のサイズだとロアさんには狭すぎるかもしれない。
ガチャガチャとあちこちにぶつかってしまう。
話し合いが始まる。そして、あっという間に決着する。
結局話は、とても良く分かってもらえた。
いや、まさかここまで物分かりが良い人だとは思わなかった。
ここまで物分かりが良すぎると、逆にその人間性を全く信用できなくなるほどだ。
彼は少し怖い目にあってしまうと、どんな事だってするんじゃなかろうか。
まあいいか。引越し届は無事に受理されたのだから。
多少の問題もあるみたいだが、うまく処理しておいてくれるらしい。
さすがこの辺りを治める豪族である。
今回の話がもし上手く分かってもらえなかった場合は、もっと分かりやすい形で訪問しなおさないといけないかと思っていたのだけど、用事が一回で済んで助かった。
「で、ではは、我々は、これからどうすれば なにを をを」
「今までどおり、この町を統治して下さい。法に則って。それから、王都に届ける書簡を準備していただきたいのです。空間転移が発生して周辺環境が変わってしまったが、町の中に大きな問題はないというような内容で」
「け、かしこまりました」
トイレにでも行きたそうな顔をしている。大丈夫だろうか。
書簡には俺の事も宜しく伝えておいてもらった。
王国に対してとても友好的な態度を示している事を強調して。くれぐれも誤解のないように。
神殿のほうの事件についても、のちのち冒険者ギルドのダウィシエさんと共に調査を進めてもらえるように話がついた。過去の行方不明者の遺留品もあそこにはあったから、よくよく調べてもらおう。
神殿では非常に危険な術を秘密裏に行使していた事が明るみになってしまったわけだが、他の地域でも似たような事をしている者がいる可能性があると報告してもらう。
帰り際、石像はもとに戻しておく。
また来る事もあるから、今度は襲い掛かってこないように良く言っておいてもらわねばならないな。
「エフィルア様。ヒマでした」
トカマル君がぼやく。ただついてきてもらっただけだから退屈してしまったみたいだ。
コボルトさん達は少し困惑していた。普通の人間と交流したことはなかったそうだし、当然町の中に来たなんて事もない。小さい身体をモフモフさせながらキョロキョロと辺りを眺めていた。
ふう。 ふあああ~~ あ。
なんとかこれで最低限、今日のうちにやっておくべき事は済んだだろうか。
我ながらめちゃくちゃな事になっているなぁとは思うが。
今日はもう帰って、良く休もう。
休息も大切だ。
さあ食うぞ。寝るぞ。出来れば風呂にでも入りたい。
温泉でも湧いてないだろうか?
温泉、そうか温泉か。これだけ地熱があるのだから、湯は沸かし放題じゃないか。
古い城だけど使える浴場もあったりしないだろうか。
改装が必要ならコボルトさん達にも相談してみよう。
いやあ、どれだけぶりのお湯だろうか。楽しみが一つ増えたな
―― ――
「エフィルア様。ご飯が出来ましたよ」
城に戻ると、コボルトさん達が出迎えてくれた。なんと、もう食事の準備が出来ているそうだ。これは嬉しい。
そうしてこの長い一日も、ようやく終わっていくのだった。
まだ確定ではないのですが、もしかしたら今後の更新はアルファポリスのほうを中心に進めるかもしれません。m(__)m




