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第22話 浮上


 一夜明けて俺達は再び、古城の最下層にある円卓の部屋に戻ってきている。

 今日はコボルト騎士団の皆には街に残ってもらい、代わりに群長むれおさであるじょいぽんさん夫妻が同行している。


 いっぽうこの城に1人残っていたインフェルナルリッチ(セクシーメガネ)のダフネ。一晩かけての準備があったようだが、昨日と様子は変わらない。

 疲れとかはどうなのだろうか? なにせ、もとから青白くて精気が抜けたような顔だったから良く分からない。


 アンデッドも種類によっては良く眠るものなのだが、ダフネさんはどうだろう。

 スケルトン種の場合なんかだと、ほとんどの時間を地べたで寝転がっているわけだが。


 俺の場合は…… 今の身体ならば寝なくても良いのかもしれない。しかし、寝るのは好きなのだ。特にコボルト達に用意してもらった柔らかな寝具に包まれて寝るのは最高だ。


 ロアさんにしてもトカマル君にしてもちゃんと睡眠はとっている。

 トカマル君の場合は、寝るときには少年姿に戻ってくつろいでいた。


 なにせ完全体モードだと全身鎧を着たままのような姿だから、あれで寝るのは気持ち良くないのだろう。身体を小さくしておくというのは、省エネ効果もあるらしい。


 今は再び完全体のバトルモードに姿を変えているトカマル君。

 そんな彼の姿を見ていると、1つ気になることがあった。 


「トカマル君。その大剣どうしたの?」

 きのう俺が渡した丈夫な剣とは異なる、遥かに大きな一振ひとふりを手にしているではないか。


「はい! 昨日いただいた物を飲み込んで、今の身体に適した大剣に再生成したんです。コボルトさん達からミスリルも貰えてしまったので良い物が出来ました。どうですかね?」


 その大剣には禍々(まがまが)しい装飾や骸骨の模様が施されている。

 それを持って嬉しそうに微笑むトカマル君。


「う、うん。かっこいいね」

「ですよね! ロアネエと一緒に考えたんです!」


 俺が寝た後にでもやっていたのだろうか? 気がつかなかった。

 そういえばだな。トカマル君は全身鎧風フルアーマーの外骨格も自分で生成しているんだよな? あれも形を変えられるのだろうか? 便利なもんだ。



 ガヤガヤと雑談などをしながら昨日の円卓の前に到着し、皆でテーブルを囲む。


「それじゃあダフネさん。レイアウトの話を進めましょうか」


「かしこまりました。ただ、その前に1つよろしいでしょうか?」

「ん? なんです?」


 セクシーメガネ死人こと、ダフネさんがキュッと眉間に美しい皺を寄せてから語りだす。


「はい。エフィルア様はもう地下世界からの全権代理人であり、このアンデッドの古城を統べる王にして我があるじなのです。なればワタクシなどに敬称をつけるのはおやめくださいませ。呼び捨てでお願いいたします。主従の礼を欠けば、すなわち治世は乱れるというものです」


 コンパクトな杖をピシッと立てて、彼女は言い切る。

 俺は一呼吸置いてから答える。



「なるほどそうですか、しかし、いつの間に俺はそんな大層な存在に仕立て上げられたのでしょうか」


「え? 違うのですか?」


「違うと思います」


「そんな…… ワタクシはこの地上でエフィルア様にお使えする事になっているのですが? トカマル氏とて同様ですし」


「それ、俺は初耳ですけどね」

 このセクシーメガネは何を言っているのかなと思っていると、おもむろにトカマル君が立ち上がった。


「僕の場合、そもそもエフィルア様は親みたいなものでもあります」


 なんかトカマル君も違う事を言い出した。

 ふむ。トカマル君か…… 初めは確か、珍しいトカゲに少しエサをあげた程度の感覚だったのだが……


 いつのまに俺は自分より背のデカイ子供を持つようになってしまったのだろうか。

 そりゃまあ、トカマル君は俺の魔力で育てた格好にはなっているが。



「ま、まあそれはそれとしてだ。地下空間移転の件について決めるのが先決でし・」



「エフィルア様は私に、“一生付いてこい!”って言ってくれました」

「はい、今度はロアさんですね。何を言ってるのでしょうか」


「言ってくれましたよ! 好きなところまで付いて行っていいって」

「あ、ああー。それは言った。いやでもさ。かなりニュアンスが違ってませんか?」


 この3人が何を言っているのかが微妙に分からない。


 どうも、とにかく呼び捨てで名を呼んでくれという主張で一致しているようだ。そして俺を魔王的な存在にしようとしている。


 その後、コボルト代表のじょいぽん夫妻までもが立ち上がりかけたところを見て、俺は強制的に話を進めることにした。


「とにかく、話し方は今までのままでいきますので。敬称も自由に使わせてもらいます」


 ロアさんにしてもトカマル君にしても、俺を慕ってくれているならば素直に嬉しいし、この手で守れるものがあるなら守りたいとも思ってはいるけども。


 俺はべつに、魔王みたいなものを目指してはいない。

 自分に見える範囲で、やれることをやるだけだろう。

 それは変わらないし、代えようがない。


 そんな雑談もなんとか落ち着いて、ようやく本題へ進むのだった。


「それではエフィルア様、我々の坑道街はこの城の地下へと繋げていただけますかな?」

 コボルトの群長、じょいぽんさんが俺に向かって希望を述べる。


「ダフネさん。可能ですか?」

 俺の横に座るダフネさんに確認をとる。

 実際に今回の術を行使するのは彼女だからな。


 いま現在、大きな歪が残った状態にある地下空間。

 これを安定的な位置に移動、固定化するという非常に大規模な仕事である。


 アンデッドの古城、コボルトの坑道街、霧の魔物が発生していたダンジョン地区。

 大きく分けると、この3つの空間があるが、古城については地上に押し上げるしかないそうだ。ダフネさんはそう説明している。

 この城はもともと地下に埋まっていたわけではないため、一番無理がかかっている状態らしい。


 

「それでは。城は地上に上げて、その地下へと坑道街をつなげます。それから現在地上にある人間の町は、エフィルア城建立の祝いに壊滅させましょう。魂は私が全て有効活用させていただいてよろしいで・」


「ダフネさん。あの町には少し知り合いもいるので。それと、城の名前に俺の名を無断使用しないようにお願いします」


「はっ、分かりました。では町に直撃はしないようにギリギリなんとか避けましょう。考えてみれば、確かに城には城下町があるべきですね。ならば、今は生かしておいて、いずれ全ての住人はアンデッドに変えるという方向で進めておきます」


「それは進めないで」

 俺はダフネさんの恐るべき計画を阻止する。

 今のところ、俺はアンデッドに囲まれて暮らしたいとは思っていない。


「はっはっは、エフィルア様、今のはリッチージョークですよ。はっはっは」

 笑うインフェルナルリッチー。

 しかし本気と冗談の境目が全く分からない。


 “壊滅させる”のは本気で、“住人を全てアンデッド化させる”のはジョークだったのだろうか?


 ファンタジーな世界に転生してしばらく経つ俺だが、それでも育った町にはほとんど人間しか居なかった。他の種族の文化は相変わらず良く分からない。

 異文化コミュニケーションもはなはだしい。


 コボルト達は昨日から一族をあげて議論し内容を詰めてきているため、じょいぽん夫妻の顔は真剣そのもの。


 もともと彼らが住んでいた場所は、ここからは随分と離れているようで、簡単に帰れるものでもないらしい。しかし元来、豊かな資源を求めて定期的に居住地を替えていくスタイルで生活しているそうで、この場所でも生きていけるらしい。


 コボルト族はけして強い生き物ではない。しかしどんな場所でも自分たちの技で快適な住処に仕立て上げてしまうことが出来る生き物のようだ。


「この地竜の巣だった場所と、それからアースクラーケンの巣、霧の魔物のいたダンジョン、どこも面白い鉱物や魔石、素材が採集出来そうに思われます。可能であればそちらもアクセスのしやすい場所に配置していただければ」


 じょいぽん夫妻は希望を述べていく。

 俺とロアさん、トカマル君は特に要望らしい要望もないし、ダフネさんは良く分からない人なので、実質的にコボルト族の希望通りの配置が確定していく。


 彼らの坑道街は住みやすかったし、他の地下空間もあのように整備していってくれるなら俺としても嬉しい。

 どこかあまった場所に俺の家も造って、住まわせてくれないだろうか。

 雨漏りも隙間風も襲撃者もいないステキな家をこの手に。


 とまあ、すんなり俺の新居が決まればよいのだが、なかなかどうして簡単にはいかない。


 なにせ他種族(アンデッド含む)が勝手に、人間の町の隣に城をおっ建てるのだ。町への転入届けを提出しても、簡単には受理してくれないだろう。

 こちらとしても、これをやらねばコボルトの街が大惨事になるのだから仕方がないのだが。


 その対策を如何いかにしようかと議題に乗せると、


「大丈夫です地上は一度平らにしますから」

「当然そうですね」

「こらこら」

「ジョークですってば」


 平らにする案も完全には否定しないが、その後の問題がある。必ず国軍やギルドが動き出してくるだろう…… 


「ご安心くださいエフィルア様。実はそのあたりの事は地獄の天地アマツチ様方が上手く処理してくださるそうですから。城の周囲に外部からの認識を阻害するような結界を展開するのです」


 なるほど、そうらしい。

 あの偉いオッサン達がちゃんとやってくれるのかは良く分からんが、とりあえずはソレでいこうか。いざとなれば他にも方策はあるしな。


 そんなこんなで話が決まる。一同起立。場所を玉座の間に移し引越し作戦を開始するのだった。



「さアッ いよいよ、地上に魔王エフィルア様が進軍するときです!」

「地上の支配者! 冥界との盟約者、我らが魔王!」

「おおっ、コボルト族を救う守護神様の偉大なる神殿がいまそびえるのじゃ!」

「亡者どもよ活目せよ! これより、死霊王エフィルア様が世界を制する時である!」


「いいえ違います。そんなんではありません。ただの引越しです。災害対策の引越しです。地上に迷惑を掛けないように、慌てず騒がず落ち着いて作業を進めましょう」


 ワルノリする皆に、勤めて冷静さを促そうとする俺の声。しかしである、その声に上書きするかのような咆哮が轟く。


「「「 GROOOOOOO 」」」


 なんだろうね、これは。この、おどろおどろしい咆哮はね。

 それは、城の中の骸骨やスパルトイ達、その他良く分からない存在の咆哮のようだった。彼らは既にこの部屋にも何体か湧いていて、剣や杖を頭上高く掲げている有様である。


 俺はダフネさんに目を向ける。


「この城のアンデッドは既にエフィルア様の魔力の統制下にございます。やっておきました」

 

 やっておきました。 じゃないのだが。

 さてはダフネさんよ、地下室からここに移動しているときに何かしたな?

 “ちょっと魔力が不足してるから貸してくれ”などと言ってきたのはこの為だったか。何一つ俺に嘘はついていないが、何かと危ういヤツである。

 どうも、ダフネは悪戯いたずら娘なのかもしれない。


 これはもう、晩御飯抜きの刑に処するしかあるまいな。

 食事が必要な生態なのか知らんが。


 そんなふうに沢山のアンデッドまでも城にのせ、俺達は地上に昇ってゆく。

 地下でも同時に大変動が起こっているが、安全確保は十分な様子だ。


 安定したこの内部空間とは異なり、境界面では大地がえぐれ、きしみ、震撼する。轟音に大気も震えている。そして、


「エフィルア様、間もなくですので」

 ほぼ振動が収まってきたというころあいで、ダフネさんが動き始めた。

 バルコニーへと向かおうという話だ。


 ダフネさんが先頭で安全確認をしてくれる。

 俺が中央、後ろにはフェンリル状態のロアさん、武装状態のトカマル君、いつも通りのじょいぽんさん夫妻が続き、周囲には護衛兵のようにスパルトイ達が配置されている。


 一見すると物々しい。

 “出陣じゃ”とでも叫びたくなるような雰囲気である。

 だがしかし俺は感じている。皆がほとんど、ただ雰囲気を楽しんでいるだけなのだという事を。


 特にロアさんとトカマル君だ。

 いま完全体に武装する必要は無いのである。

 無駄に大きくなるから邪魔くさいだけである。


 ルンルン気分な皆を引き連れるようにして、玉座の間からバルコニーに踏み出す。

 そして、そこに見えるのは、久しぶりの地上の風景だった。

 眼下に広がるのは、いつもの町とその周辺。


 俺が潜り込んで行ったあのダンジョンの跡地から、この城が生えてきていること以外は何一つ変わらない景色。



「こうして見ると、随分とデカイ城だったんだな」

 俺は呟く。

 中から見て回っているときよりも、その雄大さを感じさせられたのだ。


「ただ、古い城ですから改修も防衛設備の増築も必要になるかと」


「坑道街と地下迷宮は我らにお任せを」

 じょいぽんさんが腕まくりをして、俺を見上げる。

 え、  地下迷宮なんて造るの?


 “造ってもいいですよね?” 的なキラキラしたコボルト夫妻の目が俺を射抜く。

 別にいいけどさ。


 これにはロアさんトカマル君コンビも目を輝かせる。

 うん、好きそうだよな。2人も絶対好きやつだよ地下迷宮とか。


「エフィルア様。地下迷宮いいですね!」「ですね! どんな感じにしますか?!」

 案の定食いついてきた。


「んー、地下迷宮ね。どうせそんなものを作るなら、外部からはそこを踏覇ふんぱしてこないと入れないような構造に・ いや、でも移動が一々めんど・」


「「おおおおお」」

 しまった。ついうっかり話に乗ってしまった。2人が盛り上がる。

 じょいぽん夫妻もいい顔してる。


「では我らはこれにて失礼を。地下を確認してまいります」

 じょいぽん夫妻はそういい残して、足早に城の中を下って行った。

 どうなることやら。

 どうであれ、俺のほうはまず地上の事に注意を向けねばならんか。


 妙に眩しく感じる太陽のもと、俺はあらためて城の外に広がる地上の景色に目を向ける。

 町の中で武装した集団が集まっているのが見えた。


「そりゃあそうだよな」

 なにせ自分の家の横に、突然異様な雰囲気の物々しい城がそびえ立ったのだ。大事件である。


 当然こうなる事は分かっていたが、魔・冥・獄さん陣営がなんとかするというので、それを半分くらい真に受けて、あとは何とかしてもらうつもりでいる。



 と、いうことで。


 未だ揺れ動き続けるこの城の中から、俺はこの言葉を告げておく。


 “断罪の角― 地獄門”


 さあ、これをきっかけに城の周囲に認識阻害の結界が張られる手はずになっている。

 普通の手段では立ち入る事はおろか、そこにあると認識する事も出来なくなるそうだ。


 出来れば城が地上に出る前にやっておければ良かったんだが、先に空間歪を処置しなくては正常な細かい制御が利かなかったらしい。しかたないな。

 


 そんなわけでだ、

 2本角の狭間から暗い火焔球が放たれ、大地から火の粉が吹き上がる。

 

 しかし大地は割れない、地の底も見えない。前回とは少し様子が違う。


 町と城を大~きく取り囲むように、暗い粒子の闇の結界が現れ、台地には赤々と燃えるマグマの大河が顕現けんげんしている。

 ここから見渡すことのできる範囲の、ほとんど全てを囲む大きさである。


「えっと、ちょっと、ダフネさーん?」

「はいエフィルア様。なんでしょうか?」


「結界の範囲が思ったよりでかいね。それと、ちょっと派手じゃない?」






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