第21話 冥府魔界と地獄のエフィルア
「「「え、断るの?」」」
「はい、やめておきます。大変そうなので」
冥府、魔界、地獄を統治するという3柱の悲しそうな瞳が俺に向かっている。
何か仕事を依頼したいという話だったが、胡散臭いので断った。
ちょっと気まずい。
「いや頼むよー、我らにこんな機会が次いつあるか、もうないかもしれんのだ。おねがいおねがいおねがい!」
厳つい大鬼が両手を合わせてお願いしてくる。
冥府のデスさんも泣きそうな顔をしている。先ほどまで凍てつくほどのクールビューティーだったのだが、こうなるとちょっと可愛い。
「グゥガァァラルラァ」
魔界の竜はあまり変わらない。笑いだした。
「「話だけでも!」」
「そりゃまあ、話くらいならば」
「いよぉぉぉぉぉっっっしっ ッシィィッッ。では我らはこれにて消えねばならん。詳しい事は、そこのダフネに聞いてくれ。では! 頼むぞ!」
言いたい事だけ言って消え始める天地のおっさん達。
ちょっと待ってくれと俺は訴えるが、“もう、きこえてませーん”みたいなとぼけた表情をして、そのまま消えられてしまった。なんだあの鬼のおっさん。
わけが分からん。
あとね、熱い。この部屋あっつい。
神々らしい連中が消えた後でも、溶岩と龍は健在なのだ。
それに遠い。詳しい話をダフネ氏に聞こうじゃないかと思ったのだが、遠くて話しにくい。そして熱い。暑いというよりも、もはや熱い。
彼女がこっちまで出てきてくれれば良いのだが、そうもいかないらしい。
どうもあの円卓の場所は安全地帯らしいので、俺達も皆でそこへ行く事に。
ダフネ氏は短距離テレポートで俺達を向こう側に移動させてくれる。
コボルト騎士団まで含めて全員で移動する。
しかし狭い。椅子の数も全く足りないので騎士団の面々にはテーブルの上に乗ってもらった。テーブルの上がモフイ。
それで? 何が何やらなんだって?
たいそう落ち着きの無い空間ではあるが、詳しく話を聞こうじゃないか。
テーブルの上のモフモフ越しに、ダフネ氏の顔を覗く。
「ではエフィルア様。まずはこちらをどうぞ。メッセージを預かっております」
メッセージ?
今度は誰なんだ? 自慢ではないが俺には知り合いなんて少ないぞ。
テキパキと作業を進めるダフネ氏。セクシーメガネと相まって、どこか秘書っぽい。
フワリと、宙に何かの姿が描き出される。
首をかしげている俺の前に表示されたそれは、謎のアンデッド2名の映像だった。
「お~~、エフィルア~~、元気にやってるか~~。父さんだぞ~~」
ふうむ。身なりの良い骸骨が俺の名を呼び、手を振っている。
父さんらしいぞ。
「エフィルア、元気かい。母さんだよ。こっちからはお前の顔も見えないし、声もきこえないけれど、でもお話ができて嬉しいよ」
こっちは母さんらしいな。身なりの良い死霊である。
「エフィルア。父さん凄いのよ?! この間デスナイトになったんだから!」
「はっはっはー、どうだ、すごいだろう。びっくりしたか? はっはっはー」
んー、いや、クソ明るいなこいつら。
本当に両親かどうかは分からないのだがなんとなく、あのマイペースさには親近感は感じる。
そして彼らが言うには、2人は死んでいるらしい。
でも地獄で元気に働いているらしい。あー、そうなんだー。
本物のデスナイトって、結構骸骨なんだなー、トカマル君は生身の顔が見えてたから少し様子が違うなー、なんて、どうでも良い事が妙に気になってしまう。
「そうそう、父さんたちは地獄にいるって言ってもな、何か罰を受けておくられたんじゃないんだぞ?」
父骸骨曰く、気合の入った元気な霊魂だったという理由でスカウトされて地獄の官吏として働いているらしい。
まあ良く分からんが幸せそうで何よりだな。
んで、俺は、この陽気な骸骨から、我が出生の秘密を知る事になる。
ああー、何だこれ?
まさかな、いや、両親が既に亡くなっている可能性は普通に考えていた事だが。
まさか、その死んだ両親の口から直接話を聞くことになるとは思っていなかったし、ましてや、あんなに元気いっぱいなアンデッドになっているとも思わなかった。
まあいい。ようするにとーちゃんかーちゃんは聖女の親父に殺されているらしい。それも、生きた人間をアンデッドに変えるという、アンデッド養殖施設に送られての死である。息子的にはすっごいショッキング。えぐい。
生前、旅の商人だった2人は町の近くで盗賊につかまり、気がついたらそんな施設にぶちこまれていたのだという。そして親父はスケルトンになったという。
「しかし! そこで父ちゃんは頑張ったんだぞ~!」
軽く武勇伝でも語るかのような調子で話は進む。
我が親父様はスケルトンに成り果てながらも、当時既に俺を身ごもっていたかーちゃんと脱出する事に成功するのだった。いかに頑張ったかを力説する骸骨。
それから町の外で出産! 凄いぞかーちゃんも。
と思いきやかーちゃんも死亡! なんてこったよ。
と思いきや、気合で(死霊)レイス化。しかも正気をギリギリ保ったまま。
2人供その後すぐに、もう自我も消えていき、言葉も失い、詳しい事は覚えていないらしい。ただただ夢中で、本能で、俺を育てようとしてくれていたようだ。
そんな話を、2人はまるでちょっとした武勇伝でも語るかのように、やたらに明るく、馬鹿みたいに元気に話してくれた。
そして、その話の最後に。ただこれだけを真面目な顔で言ったのだ……
「…… すまんな。すまんかったなエフィルア」
「ごめんねエフィルア、ちゃんと育ててやれなくてね。私たちのせいで苦労をかけたね。町での生活、たいへんだったねえ…… 」
2人は俺に謝ったのだった。
「でも母さんや、俺達の子供は元気に逞しく、まっすぐに育ってるそうじゃないか」
「そうですね、そうですね……」
2人に何か返事をしようにも、俺の言葉は向こうには届かない。
これはただの映像。メーセージとして預かってきてもらっただけの物なのだから。
「はっはっはーー、それじゃあ、もうしばらく元気でやれよエフィルア! 父さんたちに合いたいからって死んだりしたらだめだぞ~。こっちに来れるとは限らんし」
「うふふ、父さんたら。エフィルアはとっても強いんだから大丈夫よ」
「それもそうだなっ。よしそろそろ時間だ、それじゃ」
「「エフィルア、げんきでな~~っ」」
陽気な2人のアンデッドの映像はそうして消えた。
呆然とする俺の横で、ロアさんとトカマル君と、それからコボルト騎士団の面々が、ぐすぐすスンスンと鼻をならしている。
なんで俺より先に半泣きになっているやらと思うのだが、残念ながら俺のほうは感傷らしきものに浸る間もなく、
「はい、という事で説明を続けさせていただきますっ」
空気感を一切合財無視してダフネ氏が事務的に話を進める。
あー、やるな、こいつ。
「すみません、予定が立て込んでおりますので」
「あー、ああ、分かった。続けて。続けてください」
なんてヤツなんだこいつはと、一瞬頭をよぎったが、むしろ今はそのほうが助かると、そう思う。
今さら感傷など、犬にでも食わせておけばいい。
横を見ると本当に犬系の方々が俺の感傷をモリモリと食って、スンスンしているわけだが。
ああ、うん。それでだな。
続きの話をまとめるとこういうことになる。
うちの両親だと思われる2人のような被害者は他にもいるのだ。
それが聖女一家が代々やらかしてきた行為。
人倫にもとる非道な行いである事もさることながら、冥府地獄サイドから見ると、また別に大きな問題があるらしい。
生きた人間のアンデッド化そのものは、冥府地獄的にはそこまで問題視しておらず、通常の刑罰の範囲内の事だそうだ。
問題なのはその先である。
彼らは人工繁殖させていたアンデッドや、収集した怨霊や霊魂を使った儀式によって、死と生の輪廻の輪から逸脱する術を行使しているらしいのだ。
聖女の親父である神官長ラナリアスは町の人々の間で、神の祝福を受けているから随分な長生きをしているのだと言われている。だが、どうもそれがマズイらしい。
そして、そんなマズイ行為を手引きしている、しょうもない神もバックにいるのだという。
冥府地獄陣営からすると、それが非常に由々しき事態。
この世界の理の根底を崩す行為であり、放置すれば世界全体のバランスに影響を与えかねないという。
それをなんとかしたい冥府&地獄さんなのだが、今のご時勢では地上に直接干渉が出来ないのだと。
神話の時代はとっくに終わり、天上界-地上界-地下世界、それぞれの境界ははっきりと隔絶されている。
何とかしようと、いくつもの施策を試みてきた数百年。ようやく実を結んだのが俺。俺なのだという。
無駄にややこしいので聞き流したが、それは色々な偶然が重なって生まれたビックチャンスだったという。
まずは両親譲りの闇属性。それが俺の中で強烈に圧縮されていた事や、それをコントロールする理性の力。それから聖女家に歪に溜まった霊魂と、地上と地下世界双方で渦巻いている怨念だとか。
あるとき、そういった地上の状況に気づいた冥府地獄陣営。なんとか俺という存在を核にして地上への小道を繋げないかと画策。
そして、俺が溜めに溜め込んだ力を解放する瞬間を狙う事になるのだが、最後にもう1つ、ダフネの存在があった。
「はい。私どうしても地上で生の霊魂の研究をしたく。数百年かけて地獄からの移動をむりやり試みていたのです。が、ほとんど全ての魔力を失い切ってしまっても地上にたどり着けず消滅しかけておりました。それが幸運なタイミングと位置に恵まれまして。九死に一生を得るとはまさにこの事」
最終的にダフネが地獄からこちらに移動してくる際に残した空間の傷跡を通して、俺の開放した膨大な闇属性のマナや、この地域に渦巻く怨念の力も借りて、冥府地獄陣営が総力を挙げて地上に力を注ぎ込む。それでも足りずにご近所の魔界にも力を借りて、ついに地上への門を作ることに成功したらしい。
「「「 勝手に門にしてごめんね! 」」」
ここで、先程の3柱からの謝罪メッセージが放映された。
神であるのに妙に下手にでてるよなぁとは思っていたが、彼らにとってはそれだけ重要な事柄だったらしい。
数百年の間チャレンジし続けて上手くいかなかった事がようやく実を結んだというのだから、気持ちは分からなくも無い。
あのおっさんらも頑張ったらしい。
なるほどな。
だいたい話も分かった。それなら多少は手伝っても良いだろうか。
両親の件もあるから、俺と無関係でもない。
聞いてみたらたいした仕事でもなさそうだしな。
要するに、俺という地獄門を通して聖女のパパを地獄に送ればいいだけの事らしいのだから。ちゃちゃっと済ませてしまおう。
そのあと俺はコボルトの街でパティシエになろう。さあ、忙しくなるぞ。
「エフィルア様。恐縮ですが、あの男1人ではなく、他にも同じような連中の処理をお願いしたいのですが」
ダフネはそう言う。
しかし他のやつの事はとりあえず知らん。
聖女パパは確実にダメなヤツだということを俺は良く知っているが、他のヤツがどうなのかは俺自身の目でも確認する必要がある。大変そうだからな関わらないほうが良さそうにも思える。
神同士の戦争に巻き込まれるとかはごめんだぞ?
分かっているんだからな? どうせお前らは代理戦争でもやらせるに違いないのだよ。
なんにせよだ、聖女パパ以外の件は相手の言い分も聞かねばなるまい。
実は向こうの神が良い奴だったパターンなんかもあり得る。
安請合いはいかんのだ。
とにかくこれで地下世界サイドから聞くべき話は全て終わった。
長くてヘビーな話だったが、いま、俺の身に起きていることはなんとなく掴めた。
もう帰って美味い物食って寝ようと思ったところで、こちらから聞きたかった話もあった事を思い出す。
そうだよ。俺の帰る家の安全性に関わる話だよ。
セクシーメガネのダフネさん、貴女、時空間魔法が得意だそうじゃないですか。
それはもう、地下世界から地上世界に渡ってくるほどに。
「それでダフネさん。この地下空間の歪と不安定さについてなんですがね」
「はい。そもそもこの地下空間は、地獄門を繋げたときの余波で生まれました。つまり、副作用で無関係な場所を巻き込んでしまったという事ですね」
「なにやってんすか」
「だってしょうがなかったんです」
メガネをクイッとあげて、切れ長な眼をギラリと輝かせて、堂々と言い逃れするセクシー死霊王
「ちなみに、現状ではまだ地獄門も正常な形で運用出来ませんし、このままだと近いうちに、この地下空間が周囲を巻き込んで崩壊します。助けてください」
「大事じゃないですか。俺の大切なコボルトの街が空間歪に飲み込まれるなんて困るんですが」
それからダフネ氏は何だかややこしい説明をしてくるが、要するにだ、ここの溶岩で泳ぎまわっている焦熱地龍というのを滅殺して、地脈のエネルギーを開放したあとに、ダフネ氏がなんやかんやすれば安定状態に持っていけるらしい。
よし分かった。それじゃ、
「今日は焦熱地龍のステーキを皆で食べる事にしようじゃないか」
「「「ハッ!」」」
そうと決まれば早速始めよう。
煮えたぎるような龍鱗と、逆巻く剛炎の妖気を身に纏った焦熱地龍は、溶岩の海に潜って泳ぎ回りながらも、隙あらばこちらに喰らいつこうと目を光らせ、ときおり宙に躍り出ては牙を剥き出している。
こいつと戦うには足場が少し問題か。
溶岩に指を突っ込んでみる。あつっ。さすが溶岩。
魔力のこもっていない単純な溶岩だからたいしたダメージにはならないが、それでも火傷をしてしまった。すぐ治ったが。
「エフィルア様! ここは私が!」
そんな声に振り返ってみると、ロアさんが全開フェンリル狼モードに変身していた。
それも、前に見たときよりもかなりデカイ。
先程俺の魔力を喰ったかららしい。
一時的なものとはいえ、明らかにパワーアップしている。デカイ、そして狭い。
落ちる落ちる、溶岩に落ちる。この場所も広くないのだよ?
そんな過去最大サイズになったロアさんが、徐に溶岩をすすり始めた。熱くないのだろうか? 舌を火傷しそうである。
「これぞウルトラ必殺スキル! “併呑”です。エフィルア様」
口元から溶岩の汁を垂れ流しながら誇らしげに語る姿が愛くるしい。
「あっつうっ!」
垂れた溶岩が前足にかかったようで、熱がるロアさん。はっはっは。おちゃめだなぁ。
どうもスキル発動中は口と消化器官だけが無敵状態になるらしい。
無敵状態ってなんだよ、ゲームかよ、などと思ってしまうが、まあ今はいいか。
あとで調べさせてもらおう。どこまで無敵なのだろうか。
とにかく口に入るサイズのものならば何でも喰らい尽くすのですと語るロアさん。
鼻先は普通にダメージを受けるそうなので、そこに溶岩がつかないようにしながらもガボガボと吸引している。
ではこの調子である程度溶岩が無くなったなら、焦熱地龍に攻撃を開始しようか。
と思っていたのだが……
吸い上げられる溶岩と一緒に、ズルズルと焦熱地龍も飲まれていく。
その姿、うどんの如く。太麺にもほどがある。
さすがに龍のほうも完全に飲み込まれる前に反撃を試みてくるので、俺も戦闘に参加する。俺もLV上げをしておきたい。
すでに溶岩の海は浅くなっていて、ところどころ足場が出来ている。
跳び寄って龍をぶん殴る、龍がロアさんに吸い込まれていく、ぶん殴る、吸い込まれていく、ぶん殴る、吸い込まれていく、…… そしてこれが最後の一匹。って、あ、まてまて、
「ロアさんストップ! 今夜のおかずがなくなります!」
一心不乱に焦熱地龍をすすりあげるロアさんが、ビクリと身体を震わせて動きを止め、最後の1匹から口を離す。
それから彼女は、ボフゥッと食後の炎を吐いた。
「はっ?! すみませんエフィルア様。ついうっかりです」
この龍を美味しく調理出来るのかは分からない。
しかしアースクラーケンだって、あんな見た目で美味しかったのだ。
ちゃんと皆で食そうではないか。
「ロアさん、味はどうでした?」
「はい、ちょっと淡白ですが、冷やせば美味しく食べられると思います」
すっかりお腹がポンポコリンになった巨大狼が、苦しそうにお腹をさすりながら答えた。
消化にはしばらくの時間と俺が渡した魔力のほとんどを消費するらしい。
あのマグマの海の体積を考えると、とてもお腹の中に収まっているとは思えない、仕組みが全く分からない。魔導視でも解析していたのだが、まったく分からなかった。
さすが固有スキルといったところか。
「この技だと経験値の吸収効率もいいんです。なにせ丸呑みですから」
なるほどな。
俺ともトカマル君とも違う成長システムがあるようだ。
興味深く様子を見ていると、今度はコボルトチームが声を掛けてきた。
彼らは最後に倒された焦熱地龍のまわりに集まっている。
「エフィルア様、ぜひ龍鱗の加工は我々に!」
彼らは獲物の解体と、運搬の準備を始めようとしていた。
俺には龍の扱い方など分からないので、処理は任せてしまう事にした。
龍の鱗や牙は非常に貴重で上等な素材だが、どのように使うのが良いのだろうか。
この身体になってからの俺は、いまいち武器や防具を必要としていない。
身軽なほうが調子が良い。
ロアさんも防具を着てもどうせ破ける体質だし、トカマル君には自前で生成した外骨格がある。
ならば、もともとの身体が強くないコボルトさん達に活用してもらうのが一番なのかもしれない。
コボルト騎士団たちは、可能な限り素材を買い取りたいと言っている。
結局。何をどう使うかは、とりあえず保留しておくことになった。
「それでは私、これから空間安定化の術式構築に移りますので、明日またこちらまで来ていただけますでしょうか」
ダフネさんは落ち着いた調子でそう語る。
彼女の仕事はこれからが本番だな。安定化の実施は明日か。
俺達はいちど坑道街に帰る事となった。
ふぃ、さすがに今日は色々ヘビーだった。
帰ったら、もう龍肉くって寝るわ。
という気分。なのだが。
困ったことに俺達には1つの宿題が出されてしまった。
地下空間全体の構造を固定化させるにあたって、レイアウトをどのようにするかを明日までに決めてほしいという話だった。
城だけは地上に押し上げる必要があるらしい。
それぐらいならば飯でも食いながら皆と話せば良いか。
そうしてこの晩は、皆で龍肉をつつきながら更けていくのだった。




