第20話 3柱
地に埋もれた古城。その玉座の間。赤い骨の竜牙兵の残霊がトカマル君に吸われていく様子を眺めながら、城を襲った揺れについて俺たちは語る。
「おそらく、この地下空間全体が軽くひと捩れしたようです」
ロアさんの見立てでは、そういう可能性が高いらしい。
「この城や周辺が崩れたりとかは?」
「現状ではそこまでの規模の現象ではないと思います」
とりあえず一安心である。
しかし範囲はかなり広いようだ。
コボルト街のほうは大丈夫だろうか?
コボルト騎士団の団長さんにも聞いてみる。
「今、じょいぽん様に確認をとりました。あちらも大きな被害はなさそうです」
一部のコボルト族は念話を使えるようで、それを使って隊長さんが街と確認をとってくれた。
俺もじょいぽんさんから念話を送ってもらったことはあるが、こちら側からじょいぽんさんに繋ぐ術は今のところ成功していない。
「エフィルア様、今の捩れ事態は大きなものではないのですが…… そもそもこの地下空間事態が突発的に生まれたものですし、今なお不安定な状態にある事は否定できないかと思います」
ロアさんが、久しぶりに真面目な顔になって語った。
なんということだろうか、せっかくめぐり合った俺のコボルト街がピンチである。美味しいご飯と、安全な家と、俺に友好的な人々の街がである!
皆で地上にでも避難したほうが良いのだろうか?
しかしコボルト族が生きられる場所がすぐに見つかるだろうか。
思考を巡らせる俺を見て、トカマル君も口を開く。
「エフィルア様。あの、僕の中にある情報では、空間操作の術に長けた人物が地獄からこちらの近くまで来ているはずなのです。もし彼女が無事であればですが」
トカマル君自身は冥府からの使者だが、それとは別に地獄方面からも誰か来ているのだという。
冥府と地獄。俺なんかに何の用があるのやら。
ともかく今は、俺の大事なコボルトの坑道街の空間的な安定を求めるためにも、その地獄界からの使者と合流したほうが良さそうだ。
ちなみにその使者が上手くこちらの世界に到達できていない場合は、トカマル君はどうにかして自力で冥界と俺を繋がなくてはいけないらしい。
「どうやるんですかね? 冥界と繋ぐって」
トカマル君が首をかしげて俺に問う。
いや、俺に聞かれても知りませんが。
トカマル君はもともと冥界にいて、この任務のために地上へと輪廻している。
輪廻転生するにあたって、最重要な情報だけはなんとか持ち越せたものの、細かい記憶などはもうないのだ。
トカマル君も大変な身の上なのである。
「トカマル君、ちなみに使者さんの特徴は分かる?」
ロアさんが尋ねた。
トカマル君の断片的な情報をまとめる。
どうも相手は地獄の死霊術研究者らしい。
「う~ん」
ロアさんは広域探知術を駆使して、できるうる限りの広い範囲で人探しをしてくれる。
「それらしいのは見つからないですね…… ただ、最下層に強力な封印が施された部屋があります。気になるのはそこくらいでしょうか」
俺達はその怪しい部屋へと向かうことに。
道中、今回はコボルト騎士団にも戦ってもらう事にした。だが、戦力としてはやはり微妙だった。
本人たちも戦闘向きの種族ではないと言いきってしまうほどだからしかたがない。
そのぶん家事や生産系の仕事の素晴らしさは既に見させてもらっている。
トカマル君は相変わらずとんでもない速度で成長していく。
純粋なLVアップ速度だけで言えば俺よりも早いな。
「そういう成長特性もあって、今回のお役目についたんだったと思います」
ということらしい。
条件さえ合えば急成長できるからこそ、冥界から地上に輪廻して渡る必要があったミッションに抜擢されたと。
その狙い通り、実際に地上で形を成してから、主に俺の魔力を吸って急成長したわけだ。
ただ、もしも俺と合流できていなければ少し珍しい程度のトカゲとして、あっという間に生涯を閉じていた可能性もあったという。
無事に大きく育って良かった。
ただ、そんな成長過程のせいか、彼の魔力の最大値は俺の強さに依存しているらしい。つまりトカマル君がもっと成長すためには、俺自身も強くならねばならない。
トカマル君ばかりに戦わせていないで、俺もLV上げにいそしむことにしようか。
そんなふうにトカマル君にかまっていると、ロアさんが拗ねだす。
自分にも俺の魔力を食わせてくれというのであげてみた。
「さすが魔王様! エフィルア様なら配下に魔力を分け与えるくらいは出来るんじゃないかと思ったんですっ!」
「魔王ってなんですか」
良く分からんが、ロアさんが喜ぶので沢山あげてみた。
パクパクムシャムシャと、俺の受け渡した魔力を咀嚼している姿は、普通にゴハンを食べてるようにしか見えないだろう。食えるんだな。
ただロアさんの場合は俺の魔力を食ってもLVアップはしなかった。あくまで一時的なパワーアップにとどまるようだ。
ふむ。これは俺自身を含めての事であるが、まったくもって、ビックリ生物大集合である。
そんなこんなで降りてきた俺達。
今、目の前には厳重な封印を施された石扉がある。
この城の最下層からさらに深く降りていくような階段の、その先にある扉。
入っていいのだろうか? 考えてみるが良く分からない。
強力ではないが非常に高度で複雑な魔術による封印結界らしい。
ロアさんの探知術をもってしても内部にアクセスできないほどだ。
しかたがない。腕力で無理やり開けてみるか。
ドガリッと押し開けると、モウモウとした熱気が吹き上がってきた。
扉を開けるとそこは、地獄だった。
本当の地獄かどうかは分からない。しかし俺のイメージする灼熱地獄のイメージそのものだった。
湧き上がり対流する溶岩。吹き出すガスは人体に悪そうな色と匂い。
奥には鬼の大将みたいなデカイ人の姿が見える。良く見ると半透明だ。
ついでに溶岩の中には赤熱発光した龍が泳いでいて、元気いっぱい飛び上がる。
扉を開けて様子をうかがっていると、
「おお、ここまで良くぞお越しいただきました! エフィルア様!」
声をかけてきたのはデカイ鬼の横にいる女性。
メガネを掛けたセクシー魔族っぽい雰囲気のお姉さんである。
半透明な大鬼のほうは椅子にドカリと座ったままで、また誰か別な存在と話をしている様子。電話中?
あいかわらず今日も状況が飲み込めない。
とりあえず観察していると次の瞬間、もう2体の半透明が現れた。
その1体は龍人的な雰囲気。もう1体は……
「冥府様!?」
どうやらトカマル君の知り合いらしい。纏った黒衣の奥に、氷よりも冷たい静寂を乗せた肌が青白く輝いている。
渦巻く溶岩の中央にふわりと浮かぶ円卓を囲んで座る3名の半透明。
その脇に立つ、セクシーメガネ女魔族。
「お初にお目にかかりますエフィルア様。私インフェルナルリッチのダフネ=オルラルドと申します。以後お見知りおきを。そしてこちらが……」
そうして紹介されたのは、なんとも、やんごとなさそうな面々だった。
うさんくさい。本当だろうか。
地獄の統治者、天地
冥府の女帝、デス
魔界の皇龍、ボウヴェルグヘラ
地下なる世界を代表する3大勢力の支配者らしい。
何かどこかで見た事がある気がするが、どうにも思い出せない。
あの目なのだが…… あの3柱の、あの恐ろしさを結晶化したような目をどこかで……
「ぐぅわっはっは。このような姿ですまんなエフィルア殿。現状では思念体を投影するだけの繋がりしかないのだ。この地上とはなぁっ」
始めに口を開いたのは、地獄の統治者だと自称する、天地。
鬼の親分みたいな容姿の厳ついおっさんである。
「よろしくね、エフィルアさん。それからジュエルサラマンダーさんもご苦労様。良く出来ました」
妖艶に微笑むのは、冥府の女帝らしい、デス。
「グゥガァァラァァ!!! まみえるのは初めて、ではないな。小さき者よ」
魔界の皇龍とかいう、ボウヴェルグヘラが眼光鋭く俺を見つめる。
この口ぶりからすると、やはりどこかで会っているのか?
「ついこの間、門の向こうで眼が合っただろう?」
「ついこの間? 門? あ、ああ、なるほど、あのときの」
そうか、思い出したぞあの眼。今とはサイズが違いすぎて気がつかなかった。
地獄門だ。断罪の角-地獄門とかいう名称のスキルを試しに使ってみたあの時だ。
現れた巨大な門の向こう側に見えた異常な瞳。彼らはアノ瞳の持ち主か。
「うふふふ、せっかく地獄門を開いてくれたのに、すぐに閉じちゃうんだもの。あれは酷い御預けだったわね。警戒しなくても、どうせあの時点ではお話くらいしかできなかったのに」
冥府の女帝、デスさんが鋭く光る凶悪な爪を舐め上げるようにしながら、凍えるようなその視線を向けてくる。
「さてエフィルア殿。本来ならば事の仔細を説明してから、貴殿には十分な礼をもって話さねばならぬ事なのだが、如何せん時間が許さぬ。単刀直入に語ろう。我らの代理人としての地上での職を引き受けて欲しい。このとおりだ」
「おねがい」
「頼む」
なんとも驚いた事に、自称、とても偉いらしい3柱の神が頭を下げたのだった。
「いや、あのちょっと、すみません困ります。頭を上げてください。あと、お断りします」
ここからひと山、ふた山(当社比)。
土曜から日曜にかけてで1章完結に向かいます。お付き合いいただければ。




