第2話 きっかけの狩り
「なに迷ってるのよ。言う事聞かないなら、あんたの家族の事教えてあげないわよ?」
聖女は眉間に皺を寄せて捲くし立てる。
さて、家族ね。
日本にいた頃はいなかったものだ。
そして驚くべき事にこの世界に渡った俺も、孤児だった。
それでも、ほんの少しだけ、この世界での幼い頃の記憶が今はある。
手だ。
それはやけに硬く、冷たく、そして優しい手だった。
あれが…… 両親だったのだろうと、俺は思っている。
「ほら、さっさといくぞ。町の西にある魔狼の森だからな」
結局むりやりに連れ出されるはめになった。
どこかで適当に抜けるか?
しかし途中で抜けると、こいつら全滅すらしかねない気もする。
危なっかしいというか、いろんな面で弱いというか。
ともかく俺とその他5名は人気の無い道を抜けて町の西門へと向かう。
「聖女様~。狩りですか? 気をつけて下さいね」
門番がエルリカに聖女様と声をかける。
聖魔法が得意とはいえ、まだほんの14歳。
成人したてで駆け出し冒険者の彼女を人々はそう呼ぶ。
エルリカは町中の人に本当に聖女様と呼ばれているのだ。
見た目の美貌と、類まれな聖魔法のセンス。有力な神官の家柄。あの家はこれまでにも数多の聖女様を輩出してきた事になっている。
門を抜けて西の森へ。
普段の俺は門を出てすぐの狩場で、近くにいる角ウサギ(ジャッカロープ)を1人で狩っている事が多い。
凶暴な気性を除けば、俺でも余裕をもって対処できる程度の強さの相手だ。
今日の目的地はそこではない。さらに西に向かった森の中。
14歳の成人をむかえたこいつらは、最近よく森の入り口で狩をするようになった。
そして自分達だけでは手に負えなさそうな時などには俺を連れ出すというわけだ。
森の入り口に到着すると、そこから覗き込むだけですぐに魔狼の存在が確認できる。
魔物ってのはとにかく好戦的で大量に繁殖もしてるから、見つけるのに苦労はしない。
「よし見えたぞ」
「エフィ~~ルア~~~」
にっこりと笑って聖女様が俺に先頭を行くように促す。
「お前達もちゃんと戦わないと訓練にならないぞ?」
俺は聖女様にそう進言する。
こいつらも才能はあるのにいつもこんな戦い方しかしていないから、いまいち伸びない。
少しは真剣に戦ったほうが良いし、何より俺1人で盾をやるなど面倒すぎるじゃないか。
「生意気言わないで。黙って言う事聞いていれば、そのうち家族の事も教えてやるって言ってるんだから」
お優しい聖女様のきめ台詞。俺の家族の事を何か知っているらしい。
当然彼女の言葉など信用しているわけではないが……。
近くにいる魔狼は3匹。まぁ、このくらいならなんとかなるだろう。
しかたない。
俺1人で全てを倒すとなれば相当キツイが、攻撃を凌いでいれば良いだけならなんとかなるか。
狩りが始まる。
基本的には俺がひきつけて、ひきつけて、ひきつけて、ひきつけて……
おい! いいかげん攻撃しろよ! という頃にようやく剣聖様たちの攻撃が始まる。
初めの頃はわざと嫌がらせで遅らせているのだと思っていたのだけど、よくよく見てみると、ただもたついてるだけのようでもあった。
“お前が行け”、“いやお前が先に行け”、などと譲り合いの精神を発揮しているのが見える。
おかげでこちらの負担は半端じゃない。
危険がない程度に、あいつらのほうにも魔狼を流しておく。
俺はチビのころから生活のために狩りを続けてきている。
金持ちぞろい、温室育ちのこのメンバーに比べると純粋なレベルも高く、経験や技術もある。
ただ、どうにも溢れ出そうになる闇属性の力を押さえ込みながら戦ってるから、自分の中にあるマナが上手く使えない。
攻撃の決め手にはかけるのだ。
狩りは続く。俺が無駄にダメージを受けながら。
普通の人間より怪我がすぐに治るとはいえ、傷を負えば痛い。
ふぅ~う、まったく何をやっているのだろうね俺は。
なんでこんな場所で生きなきゃならないのやら。
町を出てみるか? そう考えるのもいつもの事だ。
他の町や村に移る方法を今まで何度も考えてきた。
だがどうにも、今のところは実現していない。
なぜなら、どこか他所の町に入るに為には身分証が必要なのだ。
俺のギルドカードでは信用度が低くて話にならない。
そのうえ身体調査をされたらすぐに判明してしまう闇属性。
不審人物感ゼンカイなんだよ。
次に考えたのは、森の中ででも生きてみようという案だった。
だがそれは実行してみたものの、すぐに失敗に終わった。
森での生活そのものが不可能だったわけではない。
モンスターのうろつく森の中は常に命の危機を感じるような状況だったが、それはこのさい目をつぶろう。
町の中にだって、森とは違うモンスターが棲んでいるのだしな。
それよりも重大な問題が、俺が町を出てすぐに起こった。
町の人たち総出での山狩り。
いや、彼らの言葉を正確に用いるならば、“行方不明の子供の捜索”という事になる。
普段は俺が飢えようが、病や傷に倒れようがまるで気に留めない連中が、捜索してくれたのだ。
わざわざ俺ごときを膨大な人手を割いて追いかけ、捕らえ、そしてもう逃げ出さないようにと魔法による追跡が可能なタグまで取り付けた。
先導したのも実行したのも聖女様の父親、神官長ラナリアスだった。
この町の神官で有力な資産家でもある。
生皮を捲ってタグを仕込まれたときの感触は良い思い出だが、体中のあちらこちら、どこに埋め込まれたのか分からないものも多い。
聖属性魔法のスキルが代々得意な家系だそうで、一家そろって俺の事を弄ってくれる素晴らしい聖人たち。
彼らによるやさしい心遣いで、俺はこの町に連れ戻された。
「あら……? わぁ~、ねぇ、みんな!!」
何回目かの戦闘を終えたとき、突然、聖女エルリカ様が大きな声をあげた。
「どうしたんだい? エルリカ? 随分と嬉しそうだけど」
俺以外の全員がそちらに駆け寄る。
「私ね、中位回復魔法を覚えたみたいなの!」
「「「 おおおお! 」」」
「凄いよエルリカ。さすが聖女様!!」
「うん!! 14歳でハイヒールまで覚えるなんて聞いたことないものね!」
やんややんやと異常に大きな声で騒ぎ出す。
はい、正気ですか? こんな魔物の森の中で大騒ぎなんて。
戦闘中に大きな音が出てしまうのは仕方がない。しかし断じて、無闇やたらに馬鹿騒ぎして良いわけではない。
「なあお前ら、ここはモンスターの蠢く森の中なんだ。あまり騒ぐとマズイ」
いま目の前で戦っている相手以外にも、どこから殺意を向けられているのかに注意をはらい、隙を見せるべきではない。
俺は付近にいた魔物達がこちらにいっせいに意識を向け始めるのを感じた。
餌だ。俺達は餌だと認識されつつある。
「んんん? なに? なにか言ったエフィルア?」
「ああ、あまり騒ぐとマズイ」
「なに? 私達に偉そうに忠告してくれたってわけ?! 言われなくても分かってるわよそんな事!!」
言っても無駄かとは思ったが、予想以上にぶちキレル聖女様。追随するお供の者たち。
そして戦いは始まった……。
次々に寄って来る魔狼や角ウサギ(ジャッカロープ)。
普段は浅部では見ないレッサートレントまでやってきて囲まれる。
その様子を見て俺のせいだとさらに喚き散らす馬鹿者たち。
じつに厳しい戦いだ。
「とにかく森の外へ逃げるぞ!」
俺は錆びて、刃こぼれして、ボロボロな剣を両手で握り締め、群れを成して飛びかかってくる魔狼たちを打ち落とす。
とても角ウサギ達までは手が回らない。
しかたない、ウサギ達はスピードこそ速いが、噛み付かれても致命傷にはならないっ
「うげっ」
ガブガブ噛まれる。痛いには痛いね。うん、死ぬほどね。
だけど、ある程度は俺が受けとかないとマズイだろうな。
エルリカと男2人はまだ良いとして、笑い袋の2人は本当に弱いんだよ。
狙われたらまっさきに死にかねないのだが……
聖女達はなんとか森の外に向かって動けている。
視界の端で彼らの様子を確認していると、森の奥から沸いてきている木の魔物、レッサートレントが仲間の数を増して襲い掛かってきた。
おい、ヤル気出しすぎだぞ。多すぎ。住処に帰ってほしい。
その太く長い腕を無数に振り回し、数体の魔狼も巻き込みながら俺に叩きつけてくる――
とにかくそこからは我武者羅で、何をしたのかも良く分からない。
それでも、なんとか、オレ達は全員無事で森の外に逃げ出せたようだった。
「ハァハァハァ ぅうう」
最後までしつこく追ってきた1体から逃げおおせた後、俺はその場にドサリと倒れこむ。
ほんと、もう無理、限界です。
全身ズタボロ。
疲労とダメージで動かなくなった手足を無理やりに動かして、限界ギリギリでたどり着いた森の外。
「ぅぅぅ ハァ、ハァ ちょ、ちょっと休ませてくれ」
「ハァっハァ ふ、ふんっ、なによ大げさね、あれぐらいで情けない」
エルリカはそう言いながら皆の傷をヒールで癒していく。
俺以外の皆の傷が癒えていく。
「なぁに? エフィルアその目は? もとはといえば全部あなたが悪いんだからね。あんたが騒ぎ出すからこん事になったんだから!」
「「「そうだっ」」」
…… おい。
ああ なんだって? まるで意味が分からない。
いや、助けても礼を言われるような事はないと思っていたが、いや、まさかここまで酷いとは。
「ふん! 全部あんたのミスだけど、傷を負ったって言うのならしょうがない。私の聖属性魔法で治してあげるわよ!! それでいいでしょ!!?」
お? おお? なにその? え? あれ?
俺の脳みそは彼女の思考をまるで理解できずに、一瞬固まってしまう。
「そ・れ・も、さっき覚えたての、ハイヒールでね! 遠慮はしないでね。ちょ~うど良かったの。私も試し打ちしたかったか・ら・!! これで私の気分もすっきりよ!」
あ、こいつ本気だ。
エルリカは、ニマァァと口角を大きく上げて不気味な笑顔を作る。
彼女の杖が白いマナの輝きを放ち始める。
「ばっ ばか、ちょっとまて! 流石にそれは洒落にならないぞ?」
俺は全力で逃げ出す。
このボロボロの身体ではとてもじゃないがヒールの射程外に逃げることなんて出来そうにはない。
だけど逃げるしかない。
地面にへばっていた身体を無理やりに立ち上がらせ、もつれる足で、ほんの数歩駆け出し、
【ハイヒール】
そこで無常にも神聖なる光のマナが俺の全身を包み込んだ。
まぁぁ ずぃぃ
「う゛、うわあ゛あああああああああ」
焼ける肌、眼球、喉、内臓の奥まで、身体の中から全身を襲う痛み。
「あらあら意外と強力ね、この魔法。 でもエフィルア、いくらなんでもみっともないじゃない。ほんの冗談よ? そんな状態でちゃんと盾役が出来るのかしらね? しっかりしてくれなくちゃ困るわよ?」
「「「あっははははは」」」
「あ゛あああああ」
おい… おい、何を考えているんだこいつらは? 頭がおかしいぞ。こんな事をしてお前らに何の得があるっていうんだ。
あ、あああああ、もしかして……
俺は今までとんだ勘違いをしていたのかもしれない……
こいつらイカレてる。完全に。
昔の嫌がらせはまだ可愛いものだった
この数年、ここ最近、どんどんやることが酷くなっていた
今日のは特に、完全に常軌を逸してる
俺死ぬか? こいつらに殺される?
万全な状態でもこんなの喰らったら瀕死、今の俺、お前らを逃がすために全身ボロボロ。
すでに死にかけ
さすがにまずい だ ろ?
あ いや? 実際、ここで俺が死んだとして、こいつらに何かお咎めでもあるのだろうか?
いや、何も無いんじゃないのか?
あの町ならそうなるだろう。
そうしてこいつらの中では俺を殺したことなんて無かったことになって、全てを忘れてこれからの人生も普通に歩む…… 結婚し、子供を生み……。
酷い走馬灯だ。なんでお前らの幸せな未来を見なくてはならないのやら。
そんな混濁し始める俺の意識の中で、何かが変わり始める。
これまでにたまりにたまった怨念なのだろうか、こいつらのあまりの自分勝手さにだろうか、この身体が限界を超えたからだろうか、よく分からない。
よく分からないが、ただ、そのとき、たしかに…… 確かに俺の中で何かが変わり始めているのを感じていた。
「おいおいエルリカ、ほんとに死んじゃうぞこいつ」
「あら、私はただ親切心でヒールをかけてあげただけよ? それにもし聖属性の回復魔法で死んじゃうとしたら、そんな奴は人間に化けたアンデッドか何かに決まってるから、殺しておいたほうがいいんじゃないかしら」
「ふはは、そりゃそうだ。町のなかにアンデッドなんて紛れ込んでいたら大変だからな」
「そうは言ってもさ? 僕は厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだよ? そんなゴミほっとくべきだ」
「どうかなぁ オレは殺しておくべきだと思うけどな」
「どうでも良いよ。ただなんとなく、新しい魔法覚えて面白そうだからやっただけなんだから」
「そうだよね、もういいよ いこいこ」
まだ若い少年少女達が、オレの命についてのふざけた会議をしている。
それもすぐに結論は出たようで、激痛にうずくまり動かなくなった俺を森のふちに捨てて、彼女達は町へと帰っていく。
「うう゛… う゛う゛う゛…」
聖女たちは消えた。
俺はただ1人で、草の上でうずくまる。
ああ~、いてぇ。“いてぇ”どころじゃないけどいてぇ。
ああ、俺はなんでこんなところで寝転んでるんだろうなぁ。
なんでこんな事してるんだろうなぁ。
あいつら弱いからな、なんて助けたつもりが、殺されそうになってる。
闇属性のせいか?…… 俺には何でこんなものが?
それに何でこいつを必死に押さえ込んているんだろうなぁ…………
みんなに嫌われないため? 生きていくため? 家族の情報を得るため?
そうやって10年以上。状況は改善するどころか悪化する一方じゃないか。
もう…… いいよなぁ? どうせ…… こんな生活はもうもたない。
そう、ダメでもともと、使ってみるか…… 闇属性……
もう無理に普通の人と付き合うことはやめても良いんじゃないか?
少しくらい普通じゃなくたって、フツウに暮らせるんじゃないのか?
俺は、抑えていた力をほんの少し緩める。
その瞬間――
巡る巡るマナの奔流。
世界は、静寂に包まれた。




