プロローグ
降下していくエレベーターの中に少年と少女が立っていた。
一方の少年の名は望月蒼司郎。
体中に包帯を巻かれ、右腕は肩口から先が無くなっている。
一見すれば満身創痍の格好だが、少年は涼しい顔で立っていた。
否、それは表情を変える事が出来ない程に損傷している事を意味していた。
一見、生身と見まごうそれは、人形師によって作られた魔導人形。
それを駆るのは肉体を失った人形遣い、傀儡士の成れの果て。
そして、もう一方の少女は少年と違い楽しげだった。
綾織美暈。蒼司朗にとっては生まれたときから知っている幼馴染み。艶やかな長い黒髪をたなびかせる切れ目切れ長のクールビューティー。
人形師の一族の末裔。
人形を作る綾織家と、その人形を駆る望月家。
その関わりは五百年以上続いている。
だからこそ、美暈には分かる。
無表情だが、蒼司朗が今とても不機嫌だと。
「そんなに嫌?」
「…あいつは苦手だ」
蒼司朗がそう呟くと、チンとベルの音と共に地下五階でエレベーターは止まる。
扉が開くとそこは巨大な空間だった。
様々な巨大設備が並んでいる。一際目立つのが巨大な培養器。
円筒の強化ガラスの中に浮かぶのは様々な生物のクローニング体。
ありふれた生物から、絶滅されたとされる生物まで、入り口からもう、ここが尋常ならざる場所だと分かる。
「やっぱいいな。この空気」
などと、目を輝かせる幼馴染。こいつの感性は相変わらずぶっ壊れている。蒼司朗は肩を竦める。
「なにがいいんだ?お前もあいつも趣味が悪い」
「探究者にしか分からない矜持ってのがあるのよ。目指すモノは違ってもね」
「そんなもんかね?」
二人は中央に向け、歩みを進める。すると前方から人影が近づいてきた。
「…ふふふっ…すー君…お久しぶりです…」
「げっ!」
現れた少女を見て、蒼司朗は思わず声を上げてしまう。
目が完全に隠れる程前髪を伸ばした白衣姿の金髪少女。
彼女の名はリーズ・スタンフェル。どこだかの財閥の会長の隠し子なんだと蒼司朗は聞いていた。
その父に溺愛されまくっていて、この施設も父からもらったお小遣いで作り上げたのだから文字通り桁が違う。
「「げっ」って何よ。リーちゃんに失礼でしょ」
蒼司朗の頭を、後ろから軽く小突く美暈。
美暈とリーズ。何故かこの二人は大の仲良しだったりする。職人同士、畑は違えど同じ技術屋としてウマが合うらしい。全く理解出来ないが。
美暈についていって何度か顔を合わせた事があるがどうにも苦手である。
しかし、そんな事も言ってられない。ここにきた目的が彼女にオーダーしていたモノを取りに来た。それは蒼司朗の新しい肉体である。
「それで、俺の体は出来たのか」
「…ソー君の体…作れるなんて…私…一生懸命…作ったよ…こっち…」
蒼司朗の体を作れたのが嬉しいのか、リーズは前髪で隠れたままの状態で頬を赤らめる
「ああそうかい。ありがとよ」
「…ふふっ…ふふふふふっ…ふふふふふふふっ…」
蒼司朗の言葉に、嬉しくなり悦に入ったような不気味な笑い声をあげるリーズ。
蒼司朗と美暈はリーズの案内で施設の奥へと足を伸ばす。
その道中、蒼司朗は小声て美暈に抗議の声をあげていた。
(…おい、だからコイツの所にだけは来たくなかったんだよ)
(なによ。私の心友に文句があるの。少しシャイだけど、思いやりがあって、とっても良い子なのよ。腕前だって、私の知り得る中で最高のクリエーターなんだから)
(だから、俺はシルエットのままで十分だって言っているだろう)
(馬鹿。何度言わせるの。精神体を分化した上に生来の体であるメインホストとのパスを切ったせいで、この先少しずつ精神体が不安定になってゆく可能性があるの。あなただって聞いた事あるでしょ?)
(…それは…そうだが…)
まだ不満な声をあげる蒼司朗。
「…つきました…これ…です…いい…出来…でしょ…?」
一つの培養槽の前にたどり着く三人。
「グッジョブ!うん。発注通り。さっすがDrリーズ」
「…ふふっ…それほどでも…ありません…」
美暈は満面の笑みでリーズに向かいサムズアップ。
頬を赤らめ照れるリーズ。
蒼司朗は呆然とした顔で培養槽を見上げていた。
「おい…説明しろ」
美暈はワケが分からないよといった表情をで蒼司朗を見る。
「なに?不満なの?」
培養槽に浮かぶ肉体はかつて自分が失ったモノと見まごうばかりの出来だったのだが、問題はその成長度合いだ。肉体を失った時は180センチ弱あったのだが、今目の前にあるのは160センチに満たない子供の体だった。
「当たり前だ!なんだよこれ、どう見ても十歳前後の子供の体じゃねーか」
「そうよ。懐かしいでしょ?昴の染色体の情報を元に培養したからね」
「だから、なんでこんな中途半端な大きさなんだよ」
「培養での肉体強化には限界があるのよ。本当はもっと小さい頃からがいいんだけど、そこまで時間をかける気は流石にないでしょ?」
「…ふふっ…これで…小学校に…通えますね…」
「小学校?ちょっと待て。確かに学校に通う事は了承したが、何で小学校なんで。俺は十七だぞ」
「だって蒼司朗、小五までしか学校に通ってないでしょ?」
美暈はしれっとそう告げる。
「そんな理由で…」
「ぼやかないの。ねえ、もう少しゆっくり生きようよ。もう、焦る必要もないでしょ?」
美暈は、うって代わり、訴えかけるようにを見る。
「っち…分かったよ」
美暈のしおらしい態度に調子を狂わされ、蒼司朗は渋々了承するのだが――
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(はやまったかな…)
目の前の光景に蒼司朗はため息を吐く。