闇夜の炎砲
がさり、と。
どこかの茂みが変に揺れた音が聞こえた。
闇夜の中に、何かがいる証拠だ。
その音の数は次第に増えていく。そして、音はいつの間にか二人を包囲するように展開しており、明らかに異変が起きていることを如実に語っていた。
「出てこい。奇襲は無意味だ」
レインは、火を見つめつつ言う。
その声に動揺の色はなく、彼がこの状況を想定していたことがわかる。
一瞬、茂みの奥の音が騒めいたように聞こえたが、すぐにそれは収まる。そして、茂みの闇から一人の男が現れた。
彼は、太った大男だった。
自分の膨らんだ腹を隠すこともなく、むしろそれを露出することが大事だと言わんばかりに腹を前に突き出している。不快感を覚えるほどの毛と汚れが全身にあり、寄れば悪臭がすると分かる様相だ。大きな頭の毛と髭は無造作に生え伸ばしており、彼の顔が見えないほどだ。しかし、不思議とその表情は読み取れる。得意げに笑い、悪意味に満ちたその顔をレインは一瞥した。
「おうおうおう、兄ちゃん。悪いことは言わねえ、食糧と、金品と、あの女を置いて行きな。そうしたら、命だけは許してやってもいいぜ」
その男が喋ると、周囲から「嘘つけ―! 絶対殺す気だ!」「さすがダルマの親分!」「俺にもあの女の味見させてくだせえ!」と各々の反応が飛んでくる。声の数からして、三十人以上は周りにいるだろう。無論、声を発せずに黙っている者もいる。そう考えれば、四十……いや、五十はいるかもしれない。
「……お前たちは」
「んん?」
「お前たちは、山賊か?」
レインの言葉に、ダルマと呼ばれた大男はその腹を揺らしつつ言う。
「ちょっと違うなあ。俺たちゃあ、『黒山嵐』っていう名前で、ここらの山々の長よ。んで、俺はこいつらを束ねるダルマってもんだ。俺たちを山賊なんかと一緒にされちゃあ困る。ここらの山は俺たちのもんで、断りもなしに勝手に寝泊りしている奴らから慰謝料を貰ってるわけだ。悪いことなんて、まーったくしてねえ」
ダルマは、そう言って「ぐひひ」と笑う。
周囲からも笑いの声が聞こえていることから、彼の言い分が嘘であるのはすぐにわかる。
彼らにとって、善悪などどうでもいいのだ。大事なのは、肉と、金と、女だけ。食欲と、征服欲と、性欲、それらの欲求を満たすことができれば、手段は問わない。そして、それらがすべてそろったフルコースが目の前に置かれている。ならば、食いつかずにはいられない。
「で、どうする? 俺が大人しく出てきた時点でわかると思うが、お前ひとりじゃあどうしようもない人数だ。大人しく、どこかに行けば……まあ、そうだな。ひとまずは生かしておいてやる。あの女を楽しんだ後で、追いかけ始めよう」
まるでゲームのルールを説明するかのように、楽しそうに、そして悪意に満ちた笑みをする男。そんな彼と、周囲の下卑た視線と声を再度一瞥すると、レインは立ち上がる。その右手には、金属の筒をしっかりと握っていた。
「……いつもなら、食糧と金品はくれてやるんだかな。今回はそうもいかん」
レインの異様な態度に、ダルマは顔を顰める。
彼のように、抵抗の意思を見せる者もたまにいる。しかし、そのような人物は決まって焦りの表情であり、どう見ても落ち着いてはいない。そして、善戦虚しく、数の力で息の根を止められるのだ。
しかし、どうしたことだ。
この男は焦るどころか落ち着いている。そして、気にあるのは『いつもなら』という言葉だ。つまり、こういった状況を乗り越えた経験は一度や二度ではないということ。ダルマは、その小さな脳みそをフル回転させて、目の前に立つ男の危険度を見定める。
その間に、大男に対する野次が飛び交う。「何やってんだ、はやくやろうぜ!」「こんなひょろ男、大したことねえって!」「なーに、びびってんすか!」と、彼を非難する声が大きい。
相手が悪いかもしれない、という考えがダルマの頭を過ぎるが、その冷静な判断は子分たちの言葉で掻き消される。生来、短気な彼は、いとも簡単にその言葉に顔を怒りで赤くする。
「っるせえぞ! 馬鹿どもが! 行け! さっさとやっちまえ!」
結局、ダルマの判断は一斉攻撃だった。
そうだ。こちらは五十を超える集団であり、一人一人がそれなりに武に秀でている。何も怖がることもない。それに、あの男は無様に食糧と金品を分け与えることで、生きながらえてきたと思った方が自然だ。それも賢い処世術だとは思えるが、今回はそううまくはいかない!
ダルマの指示の元、茂みの闇からその配下たちが一斉に現れる。ある者は奇声を挙げて、ある者は目を爛々と光らせて、ある者は男なぞ知ったことかと女が寝るテントへと向かう。彼らの共通点は、片手にナイフや曲剣といった武器を持っていること、そしてすぐにでも欲求を満たしたいと思っていることだ。
簡単な仕事だ。男は、戦うことで満たされる奴に任せればいい。
各々が好きなように動き、誰もが死ぬとは思っていない。
そう、誰も死ぬとは。
衝撃。閃光。爆音。炎熱。
それが、その場にいた全員を襲った。
離れていた場所で静観していたダルマも、突然の光と音に襲われて、その場に蹲る。何が起きたと顔を上げれば、そこには信じられない光景が広がっていた。
火柱。
そう、表現するのが最も適しているだろう。
レインが夜空に円筒を向けたかと思いきや、その先端から煌々とした赤い炎が噴き出されたのである。暗い夜の山だというのに、その場にいた全員の恐怖と驚愕の表情が見えるほどに明るくなった。それは一瞬のことであるが、誰もが度肝を抜かれ、多くの男たちは身体が石になったように固まっていた。
「今回ばかりは、そうもいかん。あの子を村に送り届けるまでのサポートが、取引内容だからな」
男たちの中心でレインは、静かに言う。
顔は涼しいままだが、右手には炎熱を吐き出した筒を手に持ち、そのトリガーに指を添えている。まだ余熱があるのか、近くいる男たちは微かに熱を感じ、チリチリと肌が焼ける。
次第に、狙った獲物が羊ではなく、恐るべき狼であることに気付きつつあったが、男たちは動けずにいた。それを見たレインは、説明するかのように語りだす。
「この武器の名前は竜の咆炎。その名の通り、その火炎は竜の息吹のごとく。仮に人間がこの炎熱を浴びれば一瞬で炭になるだろう。そう、こんな風にな」
そう言って、レインはその炎筒の先をダルマに向ける。
一瞬にしてダルマの顔には恐怖の表情が刻まれ、逃げ出そうとその巨体を起こそうとするが、動きはひどく緩慢だ。その間にも、ダルマの呼吸は荒くなり、必死に逃げようとしているのが表情から伝わる。
竜の咆炎からダルマまでの射線上にいた子分たちも、自分が巻き添えにならないようにその射線から逃れる。つまり、起き上がったダルマが再びレインと対峙したときには、彼らの間に何ら障害はなかった。
それを見たレインは、炎筒をダルマに向けながら静かに彼に近づいていく。
彼らは、ただの山賊ではない。山々の長というのは彼らの自称であるが、少なくとも事実上は山を支配している人間たちなのだ。加えて、今まで狙った獲物は確実に葬ってきたという腕の自信とプライドがある。故に、なぜこんな一人の男に怯えなければならないのだ、と憤慨する男たちもいる。そして、この稼業は舐められたら終わりだとも知っている。
そう考える男たちは、怯えて必死に逃れようとする仲間たちを侮蔑の目で見つつ、ダルマへと近づいていくレインの隙を窺う。確かに、あの炎の筒は驚異的な火力を持っており、注意しなければならないものだ。しかし、あれほどの威力を連発できるとは思えない。加えて、こちらが多数であることには変わりはない。
幾多の戦いを超えてきた男たちは、目線だけで互いに何をすべきかを判断する。今、レインに奇襲をかけようとしているのは、五人だ。彼らは怯えて逃げるふりをしつつ、五人が一斉に襲える場所へと慎重に移動する。
そして、ダルマとレインがあと数歩の距離といったところで、彼らはその場所に着く。各々ナイフを握り、息を潜めてタイミングを窺う。この奇襲に失敗すれば、最悪の場合は自分たちのダルマが死ぬかもしれない。その極度の緊張に心臓の鼓動を速めつつも、あくまで頭は冷静だった。
張り詰めた空気の中、その時、その好機が来た。
レインがダルマの前まで歩き、その炎筒の先を地面に下ろしたのである。
男の一人が人垣の中から飛び出した。
それに続き、微妙にタイミングをずらしつつ他の男たちも飛び出す。一斉攻撃ではあるが、その真価は五人による連続の波状攻撃。そして、長年の実戦で磨き上げた連携だ。全員が、果たすべき役割、狙うべき急所を把握しており、首、頭、胸、手首、脊髄へとナイフを向ける。
そして、最初に飛び出した男の白刃が、レインの首元へと近づき――。
再び、火柱が上がる。
その小さな爆発の衝撃が、五人の男たちを弾き飛ばす。
ある者は地面に転がるようにして倒れ、ある者は人垣の中へと吹き飛ばされる。例外はなく、近づいた者は全員が弾かれたのだ。
「言ったはずだ。奇襲は無意味だと」
レインは、男たちの奇襲を看破していた。故に、わざと隙を見せることで飛び出させ、それを爆炎の衝撃波で迎撃したのだ。
そして、再び竜の顎はダルマの向けられる。先ほど放った爆炎の余熱が肌を焼き、熱によるものか、それとも冷や汗か、全身に嫌な汗を感じる。まるで、竜に睨まれているような恐怖だ。
「さて、実はこれで人を撃ったことは一度もない。人殺しなどしたくはないし、これは人を殺すための武器ではないからだ。しかし、お前たちが彼女に危害を加えるというのであれば……」
レインの表情は変わらない。
そこに憤怒も、緊張も、恐怖も、高揚すらもない。
恐ろしいほど冷淡に、淡々とした声色で言う。
「喜べ。この武器で最初に死ぬ人間はお前たちになるだろう」
そして、そのトリガに指がかかり――。
「わかった! 悪かった! お前ら、撤収だ! いや……逃げろっ!」
呆気なく、ダルマは降参した。
両手を挙げて、子分たちに撤収の命令を出す。
その言葉を受けて、周囲の仲間の様子を窺いつつどうするべきか考えていた彼らだったが、続いた「逃げろ」に緊急性を感じ、背中を向けて茂みの中へと次々に消えて行った。誰も情けない悲鳴は挙げず、音もなく消えたのは、山々の長を自称する彼らの最後の矜持といったところだろうか。
そして、その場にはレインとダルマの二人だけが残った。
ダルマは諸手を挙げたまま、レインの反応を窺う。
彼は全員がその場から消えたことを確認すると、ダルマから炎筒を離した。その瞬間に、ダルマの緊張の糸が切れ、ひどい疲労感が彼を襲う。膝から力が抜けて、その場に崩れ落ちた。荒い呼吸の様子であるダルマを見て、レインは言う。
「いい判断だ。お前は気性が荒いのが欠点だが、人の上に立つ器量はありそうだ」
「……そりゃあ、どうも。……念のために訊くが、俺も消えていいよな? もう、兄ちゃんは狙わねえよ。もちろん、そっちにいる女もだ。今日、俺たちは会わなかった。そういうことでいいよな?」
「ああ、それでいい」
レインに、すでに戦意はない。
それを見てか、ダルマは立ち上がり言った。
「あんた、何者だ? そんな兵器は見たことがねえ」
「お前に教えることはない」
「……そうかい。だが、訊くのは勝手だよな。おまけにもう一個訊かせてくれや。俺の仲間をどこかで見なかったか?」
意味のわからない質問に、レインは無言で返す。
訊くのは勝手、と言ったダルマは、その言葉通りに勝手に話し始める。
「最近、俺の仲間が山の中で次々に消えていく。何人かが探しているが、見つける気配がねえ。猛獣たちに襲われたなら死体やその痕があるはずなんだが、それすれも見つからねえ。まるで、神隠しにでもあったみてえだ」
「……悪いが、自分がここに来たのはつい最近のことだ」
その言葉で十分だったのか、「そうかい」と言ってダルマも茂みの奥、闇夜の中へと溶けていく。
それを見届けたレインは、テントの方へと戻ろうとして振り向く。
すると、テントの傍に立っていた黒髪の少女と目が合う。寝ていたはずの彼女であるが、レインが放った爆炎の音と周囲の騒がしさから目が覚めたのだ。しばらくはテントの中から様子を窺っていたが、黒山嵐が撤退したことから出てきた。
スノアは怯えた様子で、小さな手を強く握って震わせていた。
対するレインは炎筒をその場に置いて、冷静に言う。
「見られてしまったか。できれば、君が寝ている間に終わらせておきたかったんだが」
「……無理ですよ。さすがに、あんなに大きな音がしたら起きます」
レインは「それもそうだな」と言って、焚火の傍まで近寄る。
そして、スノアの表情を見ると、再び淡々とした様子で言う。
「自分が怖いか?」
「えっ………」
「無理もない。こんな物騒な物を持った男だ。……自分のことを信用しろとは言わない。結局、自分も君の立場を利用しているわけだからな。だが、言った通り……これを人に向けて放つことは無い。それだけは、信じてくれ」
話はそれで終わりだと言わんばかりに、レインはスノアに背を見せて再び焚火の傍に座る。スノアはその態度と言葉を受け止めて、逡巡したかのような表情を見せた。何かを否定するように頭を横に振った後、レインの後姿に対して言う。
「怖くなんか……ないです」
「……………………」
「レインさんは、いい人です。私を二度も助けてくれました。確かに、よくわからないことも多いですし、すごい怖い武器を持っているなとも思いました。けど………」
スノアは俯いた顔を上げて言う。
これだけは伝えなければならない。
そう、強く想い、言葉を投げる。
「怖がる理由なんて、どこにもないです」
自分でも何が言いたいのかわからない。でも、この言葉と想いだけはレインに伝えておきたくて、そうしないと彼がどこか遠くへ行ってしまいそうな気がして……スノアはただ感じたことを口に出した。
「そ、それだけですから! おやすみなさい!」
なんだか急に恥ずかしくなった彼女は、テントの中へと隠れるようにして入った。その後、しばらくは彼女の唸るような声がしたが、数分もしない内にまた寝息が聞こえてきた。
それを確認したレインは、再び焚火の炎を見る。
何度か薪をくべつつ、その火を絶やさないように見守る。
「……怖がる理由なんてない……か」
おもむろにそう呟いたレインは、静かに微笑み、また薪をくべる。
薪が熱で割れた音がしたと思うと、辺りは再び静寂に包まれた。
森の中を逃げていた黒山嵐たちは、自分たちの根城へと辿り着く。
そこは、遠い昔に捨てられた廃坑であり、その中を自分たちで改造することで人が住める環境にしていた。廃坑はすり鉢状に掘り進められており、所々に中へと入るための入り口が見える。そして、すり鉢の底、最も開けた場所に彼らはいた。
彼らの表情は、実に様々だ。
怯えて今も震えている者もいれば、せっかくの獲物にありつけなかった怒りを隠さない者もいる。その他にも、自分は何もできなかったというのに、それを他人のせいにして不満げに苛つく者。冷静に残りの貯蓄がどれだけ保つか確認する者。そして、レインを襲おうとした五人は、自分たちの自信を砕かれたせいか肩を落として落ち込んでいた。
その中心にいた大男……ダルマの表情も暗い。
その理由は、獲物を逃したからではなく、仲間がまた消えたことが原因だ。
あのキャンプ地からこの廃坑へと帰還する間に、また一人消えた。
気性が荒く、悪事を働くことになんら躊躇いがない彼ではあるが、黒山嵐の仲間たちのことを第一に考える一面がある。先ほどの撤退命令も、自分が殺されると思うことよりも前に、五人の仲間が撃退されたことに焦りを感じたためだ。このままでは全滅するかもしれないと考えた彼は、素早く撤退を命じたのである。
「ちっ……なんでだ」
この一か月で、六十人近くいた団員たちが五十人まで減っている。
山に住むために、自然の猛威や動物たちに襲われて命を落とす者がいることは珍しくはない。しかし、全く痕を残さずに消える者はまずいない。自然災害であれば、その場に遺品が。動物に襲われれば血痕や遺体が発見されるはずだ。
「……俺の元から、逃げたのか?」
そう考えると、自然ではある。
消えたのではなく、逃げて山から姿を消したのであれば、痕が残らないことには説明がつく。しかし、ここにいる団員たちは、ダルマが子供のころから面倒を見ている息子のようなものだ。そんな彼らが、何も言わずにここから消えることなど信じられない。いや、信じたくない、というのが本音かもしれないが。
自分の考えを否定するかのように唸ると、団員の一人が叫んだ。
「ダルマの親分! あの野郎! 帰ってきましたぜ!」
「なにぃ!? 本当か!!」
その男が指差した先には、確かにいなくなっていたはずの男が立っていた。
見たところ怪我をしている様子はなく、服装がやや乱れているだけだ。
男はすり鉢状の地面を滑るようにして降りると、他の団員がそれを出迎えた。
「ったくよぉ……! 心配させやがって!」
「今までどこ行ってたんだよ! 何かいいものでもあったのか!?」
「教えろよ! この野郎!」
殴る、蹴るが繰り返される出迎えではあったが、それは彼らなりの恥ずかしさを紛らわせる表現であり、そしてじゃれつきでもある。重たい空気がほんのわずかに軽くなり、ダルマも男が帰って来たことにほっと胸を撫で下ろす。
何があったかはわからないが、帰って来たということは逃げたわけではない。今は時間を置いて、後でゆっくりと話を聞こう。ダルマはそう考え、今日のところは寝ようかと寝床へ向かおうかとしたその時。
団員の悲鳴が廃坑に響いた。
何があった、とダルマは振り向き見れば。
そこには黒いもやが広がっていた。いや、煙……違う。そう、霧だ。
黒い霧が、すり鉢状の廃坑の底に広がっていたのである。
「なんだっ!? 何が起こってやがる!」
思わずダルマは叫ぶが、誰からも返事は返ってこない。そればかりか、悲鳴や絶叫、そして得体の知らない存在の咆哮が聞こえてくる。黒い霧の中では何が起こっているのかを判断することもできず、ただダルマは霧の中を手探りで彷徨う。
「お前ら! しっかりしやがれ! 黒山嵐の意地を――」
ダルマのその後の言葉はなかった。
それは当然だろう。
背後から、一突き。
鋭い爪が、彼の厚い脂肪を貫ぬき、それは心臓を破壊していた。
黒い霧の中で赤い鮮血が噴き出し、霧はそれを吸収するかのように色を変化させていく。
黒い霧は、赤黒い霧へ……そう、血の色へと変わっていく。
多くの絶叫とともに、血の噴水が霧の中でまき散らされる。
その霧は、夜が明けて朝日が廃坑を照らすまで消えることはなかった。
日の光に中に散るように、霧はすべて消えていった。
そして、黒山嵐の根城には……誰一人として残っていなかった。
血の痕も。
遺品も。
まるで、すべてが霧の中へと消えてしまったかのように。
霧が、すべてを消し去ってしまったかのように。