50「いわれの無い風評被害が司祭を襲うのです」
けっ、ケツァルコルトニーには既に婚約者がいたとか、そんなの聞いてないわよ……。クソッ、失恋で傷心したところにつけ込んで婚約者ゲットとしゃれ込もうと思っていたというのに、計画が狂ったわ!
まあそれ以上に狼狽えているのはアリデレスさんの方だろうけど……なんか涙目だし。
「とっ、取りあえず座って。紅茶淹れてくるわね。それともコーヒーがいい?」
「ばっ、バルカ様。そういった雑務は平民である私めにお任せ下さい!」
ええいアリーシュ、この場から離れようったってそうはいかないわよ! 私だってやるせない感じなんだから!
そもそも、こういった普通の女の子との関わりなんて、前世今世併せてそう多くないんだから!
……前世では女友達少なかった(というか居なかった)し、今世では普通じゃ無い女ばっかに囲まれていたからね。あらやだアタシまで涙が。
……そういや、前世で学生時代に出来た友達、殆ど死んでたなぁ……あれか、普通に友達出来なかったの、私の周りに居ると呪われるというジンクス出来てしまったからか。畜生。
「アリデレス様、お気を確かに!」
「そうです! まだ真実かどうか分かっていないんですから、泣いちゃ駄目です!」
「だっ、大丈夫ですわ! 泣いてなんか……泣いてなんかいませんわ……」
言葉が尻すぼみに小さくなっていく。というか、えらい取り巻きに恵まれてるなこの人。見た感じきつそうだから近寄りがたい雰囲気出てるというのに取り巻きも多いし……しかも普通に女の友情って感じしてるし。わたしんとこと大違いだー。
取り巻きの一人がアリデレスさんの涙をハンカチで拭っていると、ラストが彼女の前にホットミルクをそっと置いた。いつの間に淹れたんだこいつ。
「これでも飲んで、元気を出して。折角の可愛い顔が台無しだよ」
「あっ、ありがとうございますわ……」
お姉様達を慰めるときにいつも出していたという、蜂蜜入りのホットミルクだろう。私の時は風邪を引いた時に出してくれてたわね。今世で二回しか風邪引いたこと無いけど。
若干ホの時で婚約者がいなければ落ちてただろう様子のアリデレスは、両手でカップを持って蜂蜜入りのホットミルクをゆっくり飲む。
マグカップは持ち手を握るようにして飲むのが作法らしいけど、ぶっちゃけマグカップなんか貴族使わないからね。仕方ないね。
……というか、若干ラストに惚れていないかしらこの娘。不安だわ……ラスト、女に全く興味ないって感じだから、二連続で玉砕とかなったら、立ち直れるかしら。
ハニーホットミルクを飲んで落ち着いたのか、アリデレスはマグカップを見つめながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「ワタクシ……ケツァルコルトニー様とは将来を誓い合った仲でしたの。週に二度は一緒にお茶会を楽しみ、デートも何度も致しましたわ。まあ、城内でですが……」
城内で、ねえ……なんとなくだけど他の女に行った理由を察せた気がするけど、ラストなんでそんな怖い形相で睨んでくるの? いらんこと言うなってか。言われんでも分かっているわい。
「勿論、ワタクシは他の男に目移りしたりとかもしてませんでした。彼一筋でしたわ。だというのに、どうして他の女に……バルカ様、彼はどうして他の女なんかに惑わされましたの!?」
「えっなんで私に振るの!?」
私恋愛ごととか苦手なんだけど! というか、あれよね。多分この娘、求めているのは理由じゃあなくて慰めよね。
しかし困ったぞ……どちらかというと男脳とか言われていたし自覚もしている私に、そんな気の利いた台詞なんて出てこないぞい。
昔読んだ少女漫画だと……あれれおかしいな、ホラー特集の奴しか出てこないぞー? 畜生恨むぞ前世の私!
「えっと、その……私にも分からん」
ええい、弟よなんだその呆れたような表情は!? 仕方ないでしょうが、仮想世界でしか恋愛経験の無い、婚約者寝取られたり逃げられたりした私にそんな慰めの言葉なんて出てくるわけないでしょうが!?
「ワタクシは彼に何度も愛の言葉を囁きましたわ! カインの日にはチョコレートを差し上げましたし、恋文だって何十枚と送りましたわ! なのにワタクシには何の反応もありませんの。ちょっとも意識してくれませんのよ……」
「……ごめんなさい、カインの日って何かしら?」
「バルカ様、私も分かりません!!」
ちんぷんかんぷんな私に、アリアンローズが簡単にではあるが説明をしてくれた。困ったときのアリアンローズねこれ。
ちなみにその説明によると、年に1度だけ開催されて、女性から愛をしたためたラブレターと一緒にお菓子を意中の男性に渡すという行事とのこと。ちなみに庶民は直接言葉で言うらしい。紙を買う金が無いからだとか。
でも私個人としては、庶民のやり方の方が成功しそうな気がするけども……まあ、あえて言うまい。価値観は時代や地域、年代によって変わるもんだからね。
「普通そこまでアピールされましたら、デレデレとは行かずともかなり意識してしまうものですわ。なのになにも反応しない……何か引っかかりますね」
「聖職者がタイプとか、ですかね?」
聖依性愛というやつね。いや、人間に欲情している場合は違うかったかしら?
でも確かに、そう見てみればアリデレスさんは……こう言っちゃあれだけど、ぱっと見俗に塗れた感じはするわね。処女ビッチ的な。
「あっ、確かあそこに司祭様……でしたっけ? あのひげもじゃもじゃのおじさん」
「おじさんて……不敬ですわよ、アリーシュ」
「どうなんだ、ラスト?」
「司祭の可能性は低いと思うよ。ボクが誘ってもピクリともしていなかったし、仮に老け専の同性愛者だったとしたらアバカム先生に反応する筈だし」
アバカム先生とは、御年90歳のかなり老けたおじいちゃん(おばあちゃんの可能性もある、見た目だけじゃわかんないし)先生である。確か聖職者でもあるらしいから、確かにそれに反応しないとなると、おかしな話になってくるわね。
というかラスト、さらっとビッチ発言するんじゃあない。見ろアリデレスさんの顔、信じられないものを見るような目だぞ。
「まっ、ボクからも探りを入れておくよ。流石に婚約者を裏切るとなったら、他人事とは思えないからね」
「おっ、お願いいたします! ありがとうございます、ラスト様!」
……大体こいつが裏切らせているような気がするんだけど、私だけじゃあ無いわよね?




