4「第三王女はバイオレンスなのです」
私は衝撃な事実にショックを隠しきれないでいた。
そりゃ、悪ガキ懲らしめて番長になったり、冒険者になってランクをうなぎ登りにしたり。
うん、姫じゃないわねこれ。姫っつーか、何だろう。
「どった姫様ー? まるでゾンビみたいで……性欲をもて余す」
「何でもありませんわネクロ、あとアテクシ性癖ノーマルですの。だから鼻息荒くしないで頬染めないで手をワキワキさせないで……クルナ!」
じっとりと嫌な視線を感じたので思考をそこで取り止め、あらここ何処かしら。
私とネクロがいたのは、全く人気のない場所。生やし放題な、踝辺りまで伸びた雑草。そして焼け焦げた寺院のある、街の離れ。
……ああ、思い出した。ここ、私がぶち壊した宗教の総本山だったかしら。
3番目の婚約者は確か、ここの奴に寝取られたのよね。しかも修道女ではなく司祭に、女ではなく男に。同性愛禁じてたのにそんな事やっちゃって、私の怒りを買ったせいで滅ぶとは……3000年の歴史も脆いものね。
「懐かしいなー、ここ。はい、お姫様」
「あーんっ。……うん、美味しい」
ネクロから恋人のようにあーんとされるのも、随分と久しぶりな気がする。取り敢えず、羊皮紙やらに包まれている奴は床に置いておいた。
「あっ、うちも貰っていい?」
「ええどうぞ、たーんとお食べなさい」
そしてお胸を大きくなさい、という視線を、ネクロの慎ましい胸に向けながら、心の中で言う。人の事言えないくらい私も慎ましいんだけどね。お姉さま達はメロンなのに、なんで私だけちっちゃいのかしら。
成長期? お姉さま達が私ぐらいの頃はもう既にボインだっただわよ。メロンだったわよ?
しっかし、美味しそうにバーガー食べるなーこの娘。両手でカジカジもきゅもきゅ、可愛い膿可愛い膿。
「しっかし、なんで姫様は結婚出来ないんかねー?」
「ねぇネクロ、あーたあてくし嫌い?」
「ううん、なんで?」
あらら、無垢な瞳で首振っちゃって。普段死体とズッコンバッコンしてるって言うようにはとても見えないわね。
無自覚な悪意って奴かしら、厄介ねこれ直しようがないわ。
「なーに、私も同じ独身貴族よ! あっ、お姫様はお姫様だったか」
「……あんた何気に逆ハー築いてるじゃないのよさ」
あとあんた貴族じゃなーいでしょーが。
まあ、逆ハーと言っても、この娘のハーレムを羨ましいと思わないけど。
何せ愛の言葉を囁く事も無ければ、愛の告白も無い。ただ、動くだけ。その為にネクロマンサーになったんだから凄い馬鹿よねこの娘。
何気に失われた禁術を幾つも成功させてるし。独学で。
「うーん、なんでモテないんだろうねー? こんなにカッコいいのに」
「……ああ、それだ」
私の外見は、一言で言うならイケメンだ。私の前世でも、バルカはおっぱいの付いたイケメンとして女子に人気だったし、貴族やらが集うお茶会ではどういう訳か『彼氏にしたい女子ランキング1位』に選ばれていたとメイドに伝えられ、何度か(女子に)告白もされた……あたし、男に生まれたかったわ切実に。
「可愛くなりたい、可愛くなりたいよう」
「無理じゃない?」
あらこの娘酷いわ、すっぱり否定して。アテクシ泣いちゃいますわよ。
……ってあれ、なんで私の後ろをじっと見てるの? あれ、やっぱネクロマンサーだから幽霊とか見えちゃう系なの? えっ、憑いてるの!?
「姫様ッ!」
私がポケーッとしていると、突然ネクロに引っ張られた。
えっ何? と訊く間も無く、先程まで私のいた場所にナイフが突き刺さった。
……あら、またなのね。
「ボケッとしてたら殺されちゃうよ!」
「……どうしようかしら」
私、今武器も持ってないしくそ動きにくい服装なのに。
とはいえそんなの知らねぇとばかりに、顔まで覆い隠した白いローブを着た人達が、8人ほど出てきた。
奴らはジョイク教、かつてこの大陸の殆どを支配していた元巨大宗教。私の3番目の婚約者を奪い、私が国の為にとやっていた頑張りを「異教だ!」と理論的でない難癖を付けて潰そうとしてきた国の癌。
癌ってのは完全に排除したと思っていても、実はしきれていないらしい。実に面倒だ。
「私はあっちの方をやる、姫様は後ろお願い」
「全く……今日は動きにくい服だっていうのに」
後ろ手にネクロから大きめなナイフ(何処に隠してるんだろう?)を受け取り、敵を見据える。私の担当する相手は3人、5人をネクロに押し付けるのは少しばかり悪い気もするが、一応一国の姫なので気を使っての事だろう。有難い話だ。
「悪魔の児め、死ね!」
敵は叫び、愚直にも一直線に突っ込んでくる。足も私より遅く、殺意以外の全ては私に劣っている。あっ、あと槍だから、武器のリーチもか。
真っ直ぐな突き、だけどそれは空を切るのよお馬鹿さん。
私は槍の持ち手(大体真ん中辺り)に飛び乗り、更にそのまま相手の後ろに飛び込む。
そして振り替えることなく心臓にナイフを突き立て、代わりに相手の手から槍を奪う。
「ひっ、たっ助けてくれ!!」
「逆賊は処刑よー」
後ろでハッスルしてるなー、と思いながら私は、前方から突っ込んできた相手の1人の顔に槍を突き立てる。
残る1人が突いてきた槍の穂先に繋がっている柄を掴み、そしてそのまま相手の腹を突く。そして手元で槍を1回転させ、串刺しに。
私は額に浮かんだ汗を拭い、さてネクロの方はどうなってるからと振り替えると、5人の兵士は鉄糸で首を吊られていた。てるてる坊主みたいね。
「さっすが姫様、鮮やかな技前で」
「久しぶりにやったから鈍ってるかと思ったけど、割りと動けた……動けましたわ」
おっといけない、素が出ちゃう所だった。えっもう遅い? そそそそんな事ないじゃない!!
「うーん。しっかし、流石姫様。血に濡れた姿も素敵だね」
「全く嬉しくないわね、そう誉められても」
折角の服も血で汚れてしまったわね、と私が呟くと同時に、吊られていた男達からポキリと折れる音が鳴ったかと思うと、どさりと砂袋のように地面に落ちた。
……はぁ、この服、お姉さまから買ってもらったばかりなのに。
「ほら、水も滴るいい女って言うじゃない?」
滴ってるのは血だけどね。
「まあいいわ。どうせもう、この国から私の婚約者が現れる訳ないんだから」
「ううーん、否定出来ない」
私の伝説は、既に国全域にまで熾烈渡っている。しかもどういう訳か尾ひれ尽きまくりに。
ドラゴンを倒したやら、その身を呈して姉を守ったやらはまだ真実だから良いけれど、やれ魔界を支配しているやら、やれ実は王国が作り出した最終決戦兵器だとか嘘八百まで流れている始末。
これで婚約者、来る訳ないじゃない!!
「まっ、それは追々考えるとしようよ姫様。いざとなったらほら、ラスト王子から適当に」
「嫌よ! 弟から男の施し受けるとか絶対嫌!!」
何が悲しくて弟の力を借りにゃいかんのじゃい! しかも弟から施しって、それ絶対お手付きじゃん! あいつ手出してるじゃん! 童貞だと問題ない? 処女じゃないかもしれないじゃん! あたし? 処女だよ悪いか!?
「私にゃどうも出来ないからねー。あっ、送っていくよ」
「……ええ、その前にギルド寄りましょう。あまり気は進まないけど」
まずその動く死体をギルドに引き渡さなきゃ、街歩いてたら悪名付いちゃうわ。ただでさえ女として見られてない節があるし。