エピローグ
エピローグ
永遠に続く漆黒の闇の中。生きているのか、死んでいるのかさえ認識することも出来ない。
肉体は無く、魂だけの世界?
それとも...夢なのか。頭が割れるように痛い。
俺は声を出そうとしたが、まるで金縛りにあったかのような呻き声だけが絞り出た。
その時、闇の中から猫の声が聞こえた。
ニャォー......。
懐かしさを覚える鳴き声。
足下に暖かい温もりのあるものが摩り寄っている。
俺は、何とか視線だけでもそちらへ向けることが出来た。
......セナ......
何故か俺の足下だけ光が放ち、そこには10年前にこの世を去ったはずの飼い猫だったセナがいた。
セナの色は濃いグレーだが、体が眩しい程輝いている。
......セナ、セナだよな?お前、生きてたのか?......
セナは俺の顔を確認する様に目を丸くして見た後、急に身体中の毛を逆立てながら視線を変えると「フーッ!」と激しい威嚇の声をあげ、金色に輝く豹の様な眼で一点を凝視した。
だか、俺には闇だけが続いている。
......かず...き
里奈? ......かずき...
里奈の声だ。
セナが威嚇し視線を向けている方から、今度は里奈の微かな声が聞こえてきた。
どうした!何処にいるんだ!
叫ぼうとしても、やはり呻き声にしかならない。
......たす...け...て......
,......た...す...けて......
助けて?その言葉に恐ろしい予感と共に背筋が凍りついた。
渾身の力を込めて体を動かそうとしたが、どうする事も出来ない!
『里奈!何があった!何処にいる!返事をしてくれ!』心の中で叫んだ。
突然、目の前に里奈の姿が写し出された。
切れ長の大きな瞳が恐怖に怯え切っている。
よく見ると、殺気に満ちた女が里奈に馬乗りになり、鈍く光る刃物らしきものを里奈の腹部に降り下ろそうとしていた。
立て膝で必死に抵抗していた里奈のすらりとした足が、力なくだらりと伸びた。
『りなー!やめろっ!やめてくれー!」
やっと、声らしきものが俺の口から出た瞬間、その女がジロリと俺の方を向いた。
ぎょっとした。
真っ黒な短い髪が逆立ち、顔はマネキンそのものだった。
女は無表情な顔でカクカクと彼女に視線を戻した
その瞬間、一気にその刃物らしきものを降り下ろした。
りなぁぁぁ......!
突然、視界が変わり俺の目は天井を見ていた。
目が覚めたのだ。
咄嗟に横を見た。里奈が穏やかな寝息をたてて眠っている。
......良かった......。
夢だったんだ......。
サイドテーブルに置いてある時計の針は、まだ4時35分を指している。
俺は華奢な彼女の体に布団を掛け直すとベッドから降りた。
しかし、なんて気味の悪い夢だったんだろう。まるで、現実と錯覚してしまう様な酷い夢だった。
いまだに激しい動悸と頭痛がしていたし、もう眠れたものじゃない。
......里奈が襲われるなんて、縁起でもない夢だ。
人に恨まれる様な彼女ではない。
......そして、光を纏ったセナ......。
初夏の日の出は早い。
アーチ型のまどをそっと開けると、既に東の空に朝焼けが広がっていた。
全身が汗で気分が悪い。
俺は、良く眠っている里奈の額に軽くキスをすると、シャワー室へ向かった。
まさかこれが惨劇の始まる合図だとは気付かづにいた、