第八十一話 使者が来る間に
辺境伯になる時は、なんか叙任式みたいなのがあると思っていたけど。
「ゲルラッハ伯爵から左の方。一席づつ移動してください」
コルネリウス公爵の指示で、さらに苦虫をつぶしたような表情をした伯爵が席を空ける。空いた席に私が座った。なんか、伯爵のお尻の温かさが残った椅子は正直気持ちが悪い……。
いつも私が立っていたところを見下ろす、一段高い位置にある机と椅子。黒に近い、磨き上げられた木製で、椅子の座面は深緑のビロード張りだ。少し離れた隣にはエーレンフリート侯爵が座っている。
正面を向いたまま、ローミのお父さんは言った。
「そなたの叙爵は決まっていたこと。日にちも含めてな」
日にちも含めて?
「つまり、今日辺境伯になるって前から決まってたって事ですか?」
「今から使者が来る」
相変わらずこちらを見ずに、侯爵は続けた。
「そなたが今日辺境伯になることは前から決まっていた事。そのつもりで受け答えしたまえ。
……まあ、そなたが口を開く必要はない、と思うがな」
決まっていた事にしろ、と言うわけか。
私、うまく受け答えできるかな……。ぼろが出そう。
使者は入ってこず、沈黙が続く。
相変わらずこちらを向かない侯爵に、私は思いきって話しかけた。
「あの。
どうして昨日私に縁談受けるかって聞いたんですか?」
この質問に侯爵は初めて私の顔を見た。質問の意図を測りかねると言った、不思議そうな顔。
「そなたに来た縁談だぞ?そなたに返事を確認しなくてどうする?」
……。
「じゃ、じゃあ。
もし縁談を受けるって言ったら、どうしていたんです?」
私の質問にさらに不思議そうな顔……。
「どうしていたかって……。
趣味が悪いな、と思っただろうな……」
侯爵の隣にいるコルネリウス公爵が苦笑いしながら教えてくれた。
「質問の答えしか返さぬエーレンフリート侯爵からは望む答えは得られまい。
そりゃ、我ら国の重鎮の大半は君に断ってほしかったさ。しかし一部上級貴族からは、受けるべきという意見もあってねぇ……」
そう言いながら、ちらりと私の反対側の隣を見た。そこには苦虫をかみつぶしまくっているようなゲルラッハ伯爵が。
ふう、とため息をつきエーレンフリート侯爵が小さな声で付け足す。
「まあ仕方あるまい、隣国との国境近くに領地を構える貴族はな。自分のところが戦場になるかもしれないのだから」
「議場が紛糾したため、最終的に当事者の意思を確認しようという事になった。もしかして、ほら、君が昔ヨッヘムにどこかで会っていて恋しているかもしれないし。そしたら長年の恋が実るわけだろう?それだったら応援しないと」
……公爵?それ、現実にあると思ったんですか?ロマンチストにもほどがあると思うんですけど……。
私がじっとりと疑いの目で見ると、コルネリウス公爵は肩をすくめた。
「万が一の話だよ、万が一。
そもそも昨日、私は君の味方だよ、と言っておいただろう?受けるにしろ、断るにしろ、私は君の肩を持つ気でいたよ。
そら、使者のお出ましだ。大丈夫、君の事は私が守る」
まるで年を重ねたクルト様のような容貌が、正面を見据えて不敵に笑う。
どきり、と心臓が強く脈打ち、私は下を向いた。
公爵家の男性は天性のタラシらしい……。




