第七十九話 気炎
「マーレ!こんな話受ける事なんてないぞっ。あの腐れ外道王……戦争になったらお父様が先頭に立って、刺し違えてでもマーレの前から消してやるっ!」
顔を真っ赤にして叫ぶお父様。お母様は顔色は青く目は赤く泣き腫らし、娘の身を案じる思いと夫の無茶を止めたい気持ちの狭間にいるようだった。
ゲルダは無言で部屋の隅に控えていた。しかし、その表情は明らかに怒りをおしこめている。
私が縁談話を受けたならば。
私を大切に思ってくれている人たちを悲しませるだろう。
私が縁談話を断ったならば。
私を大切に思ってくれている人たちを危険にさらすだろう。
どちらの選択肢を選んでも、不幸にしかならない。
私はその前の選択肢を間違えてしまったの?だからバッドエンドにしかならないの?
少し考えさせて。
小さくつぶやいた私の言葉に、激昂するお父様も押し黙った。
自分の部屋に帰り、着替えもせずにベッドへ倒れ込む。
洗い立てのシーツのひんやり感が心地いい。息を大きく吸うと、かすかなラベンダーの香りが胸を満たす。清涼感が私の頭を少しだけ冷やしてくれた。
私は大切な人たちと分かれて、望まぬ相手と結婚するなんて無理。
でも、大切な人たちを傷つけたくはない。
両親、ローゼマリー、ゲルダ。ティアナにゾフィ。
学園の学友たち、先生たち。
攻略対象の方々……
いろんな人たちの笑顔、笑顔、笑顔……
犠牲にするなんて無理。
どちらも、無理、無理、無理!
ああ、でも。
私が我慢すれば……
遠くで聞こえる喧騒が私を覚醒させた。
いつの間にか眠っていた?
身を起こして見渡せば部屋はいつの間にか暗く、カーテンの開いた窓から月が見える。夜半のようだ。
喧騒がだんだん近づいてくる。人の話し声。中身も聞き取れるようになる。
「ローゼマリー様!お嬢様はもうお休みになっていらっしゃいますので……!」
「何言ってるの!こんな状況で寝てるわけないでしょ!どうせベッドの中でうじうじしてるのよ、決まってる!
マーレ!入るわよっ」
言い終わる前に大きな音を立てて開けられた扉。
廊下から入る光は暗闇に慣れた目に痛く、私は目を瞬く。
「……あら、寝てたの?
随分太い神経ね。それとも諦めてふて寝してたのかしら?」
呆れたように彼女は肩をすくめた。そして天井を指さし一言。
「灯れ、炎よ」
指先に燐光が宿ると、瞬時に天井の小さなシャンデリアが昼のような明かりを放つ。火の魔宝石で出来たシャンデリアだ。
あまりの眩しさに目を強く閉じて下を向く。すると足跡が近づいてきて、ベッドが沈むのが分かった。ローミが腰掛けたんだ。
ようやく慣れた目を上げると、彼女は私に抱きついてきた。
温かい……
目が急に熱くなった。胸を締め付けていたいろいろな感情が一気にはじけて、私は泣いた。ローミに縋り付いて、声を上げて泣いた。
「馬鹿ね、マーレ。一人で抱え込んだりして……
こんな問題、あなた一人でどうにかできるレベルを超えてるでしょ。わたくしを頼りなさいよ。
絶対助けてあげる。悪役令嬢が主人公を救ってみせるわ」




