第六十七話 カイ様の妹
「あの……、アマーリエ」
躊躇いがちに声をかけられたのは、サロンでくつろいでいる時だった。
ローミは夜会に招かれているからと侯爵家に帰ったため、私は美味しいお茶とお菓子を楽しもうと一人でサロンに来ていたのだ。
読んでいた本から目を上げると、カイ様が横に立っていた。
「カイ様。今日はお一人ですか?」
周りには王子様もクルト様もいない。こうして二人きりで話すの、初めてかも。
せっかくなので一緒にお茶をしようと、正面の席を勧める。
彼が腰を下ろすとほぼ同時に、メイドがお茶とお菓子を持ってくる。
カイ様はなんか落ち着きがない。黒い瞳は視線が定まらず、あたりを見回している。珍しい……、いつもクールな印象なのに。
彼はポケットから小さな箱を取り出すと、私の前に置いた。
「……もしよかったら、使って欲しいんだ」
「え。コレ、なんですか?」
私はその小箱を手に取った。
小さな赤いリボンが付いた、薄いピンク色をした布張りの箱。
そっと蓋を開くと、中には銀のペンダントが入っていた。小さな鳥のペンダントトップが可愛らしい。
「いや、特別な意味はないんだ。
新しく出来た店に行った時、なにか妹に土産をと思い店員に勧められたコレを買ったんだが、妹から銀は体に合わないと言われてしまって……。捨てるのも忍びないし、使ってもらえたらと思って」
黒髪のかかる怜悧な美貌を少し赤らめ、彼は早口で言った。
妹さんは金属アレルギーなのかしら。そういう理由なら、もらおうかな……。
私はにっこり笑って礼を言った。
「そういう事なら遠慮なくいただきますね。
とっても可愛らしいペンダント、ありがとうございます」
彼はますます顔を赤くすると、紅茶を一気飲みして席を立った。
「ではこれにて失礼する」
「あ、カイ様……」
お菓子……、食べないのかな。
足早に歩み去るカイ様。メイドがそれに気づき、こちらにやってくる気配がした。
彼女が皿を下げる前に、私は自分の皿に彼の残したお菓子を乗せた。
「あなた、サボってないで偶には夜会に出なさいよねー。貴族と交流するのも役目の一つよ」
ローゼマリーの誘いに応じて、今日はアーベントロート侯爵夫人主催の夜会に出席する事になっている。
ゲルダに手伝ってもらい支度を済ませた私は、迎えに来たローミの馬車に乗った。
今日のローミはかなり伸びた髪をおろし、サイドは編み上げるハーフアップにしている。真紅の宝石をちりばめた髪飾りが銀の髪によく映えた。紫のドレスはウエストを絞り腰を膨らませた、最近人気の型だ。
私の方は髪を結い上げ、胸下をしぼり裾までストンとしたラインのドレスはクリーム色。
首にはカイ様からもらったペンダントをつけた。せっかくだしね。
会場はアーベントロート侯爵家。とりとめのない話をしているとすぐに着いた。
通された大広間には、かなり人が集まっていた。流行のモチーフを取り入れた壁紙、おしゃれな内装だ。アーベントロート侯爵夫人は新しいものが好きみたい。
「ローゼマリー、アマーリエ。本日は招きに応じてくれてありがとう」
私たちに気づいたカイ様が、笑顔で歩み寄ってきた。クルト様も一緒だ。
カイ様が青、クルト様は赤を基調とした正装をしている。
「アマーリエ、とても綺麗だ」
クルト様が空色の目を細めて言う。彼のあけすけな賛辞に、私は赤面した。
その時――。
「お兄様……、その方どなた?」
彼らの背後から、固い声が聞こえた。
二人が振り返ると、その陰から姿が見えた。
そこにいたのは、『トゥルーマイナイト~私だけの騎士様❤~season2』の悪役令嬢、ゾフィ・アーベントロートだった。




