第六十三話 仲直り
今日は休日。
久しぶりの実家で、私は両親とお茶をしていた。
応接室は居間の役割も果たしている。ソファにお父様とお母様が並んで腰掛け、正面のソファに私が一人で座っている。
ゲルダが脇に立ち、お茶が減るとポットで継ぎ足してくれる。
お茶菓子は、上に赤や紫など色とりどりの花弁を乗せて焼いた、焼き菓子だった。すごく綺麗。味はもちろん絶品だ。
美味しいお菓子とお茶、両親とゲルダ。満ち足りた、私の幸せな時間――。
「しかし『雷の女辺境伯』か。
まさかマーレがねぇ……。おしゃれやお菓子にしか興味のない、普通の令嬢だと思っていたのに」
お父様が言うけど、大体それで合ってますよ?正確に言うと、お菓子とお酒とアテの事が一番の興味です……。
私は気になっていたことを聞いてみた。
「……私は『辺境伯』になどなりたくありません。重責です。
でも、お父様。お父様は『辺境伯』になりたかった?」
私の問いに、お父様とお母様は顔を見合わせて苦笑する。
「自分が武功を立てて、取り立てられるというなら名誉だけど。娘の威光で父親が出世するというのはどうもね……。周りもそういう目で見るだろうし、後ろ指差されて場に居辛いよ。
私は今の地位で十分だ。愛しい妻と娘に恵まれ、優秀な使用人に支えられて、何不自由ない」
そう言うとお父様はお母様の肩を抱く。お母様は声を上げて笑い、ゲルダは微笑んで会釈した。
私はお父様の予想通りの答えに安心する。
その時、ゲルダがふと顔を上げ、扉の方を見た。
「……来客のようです。確認してまいります」
彼女はそう言って一礼すると、退出した。
相変わらず耳がいいなぁ。
しばらくすると戻って来て、私に言う。
「お嬢様。ドムス子爵令嬢カーラ様がいらっしゃいました」
え?カーラ?約束してないけど……。
普通、まず家令が訪ねてきて日時を打ち合わせ、予定を決めてから会う。いなかったり都合が悪かったりすることあるし。電話が無い世界ってとっても不便。
まあいい。嫌な要件じゃないといいな。
私はゲルダに、カーラを私の部屋に案内するようお願いした。
「お父様、お母様、ごめんなさい。お友達が来たのでちょっとお話ししてまいります」
笑顔の二人に一礼して、部屋を退出した。
先に自分の部屋へ行って待っていることにする。
私の部屋は居室とその奥に寝室がある。居室には小さなソファセットがあり、友達とはいつもそこでお茶をしていた。ソファのクッションの位置を直し、テーブルの上に置いてあった本をどけたところで、扉をノックする音がした。
「お嬢様。カーラ様をお連れしました」
「どうぞ」
扉が開いて、ゲルダの後ろからモジモジしているカーラが現れた。いつものように、赤灰色の髪をツインテールにして縦に巻いている。今日のリボンは青地に金の刺繍が施されたもの。髪の色に合っている。
ゲルダに促されて、カーラはようやく部屋に入って来た。
「では、お茶をお持ちしますので」
ゲルダは一礼すると、扉を閉めて行ってしまう。
私はソファに座った。カーラが動かないので、首をかしげて見る。
彼女はしばらく部屋の中央で、そのぽっちゃりした指先をいじるようにもじもじしていたが、意を決したように私を見て、頭を下げた。
「カーラ?」
「ごめんなさいっ!」
「え。何が?」
私の問いに、彼女が顔を上げる。もどかしげな表情だ。
「だからっ。
……この前、イザベラ様に命じられて、皆でアマーリエに文句を言いに行ったこと……」
ああ。あれかぁ。
規定イベントだからすっかり忘れてた。そういえばカーラも後ろの方にいたわ。
「イザベラ様に言われたら仕方ないもんね。断ったら、後で何してくるかわからないし。
気にしてないわ」
私の言葉に、彼女は拍子抜けしたようにぽかんと口を開ける。
「……本当に?」
「本当よ。実害はないし。逆に騎士団の方々が来て、皆怖い思いをしたんじゃないかと心配したくらいよ」
カーラは、ほっと肩の力を抜いて苦笑した。
ようやく、私の正面に腰を下ろす。
ここで、ゲルダがお茶を持って現れた。私とカーラの前にティーカップを置く。
カーラはお茶を飲むと、つぶやくように告白した。
「あの後ね、皆で怯えていたの……。アマーリエが『女辺境伯』になったら、どんな仕返しされるかって。イザベラ様なんか、熱を出して寝込んでしまったくらい……」
「……私はそんな性悪女ではありませんっ」
ひどい、ひどすぎる。みんなどんな目で私を見ているのよ?
私が頬を膨らませて横を向くと、彼女は笑い出した。
「ああ、アマーリエはやっぱりアマーリエのままなのね。
この頃ローゼマリー様とか王子様とか、雲の上の方々と親しげにしているから、話しかけるのも気が引けて……。でも、あの時の事は謝りたくて来たの」
私は少しいたずら心を起こして、厳かにカーラに言った。
「そのことでは怒ってないわ。でも、別の事で私、カーラに怒っているのよ」
彼女はびっくりして、身構える。
私はにっこり笑って言った。
「いつになったら、新しいお店に連れて行ってくれるのよ?」
カーラは目を見開いて。
そして二人で声を上げて笑い出した。




