第五十九.五話 カイの独白
カイ視点のお話です。
「後ろ!危ない!」
目の前にいたアマーリエが叫んだ。
驚いて振り返れば、飛び込んでくる黒い髪の女。
「な……」
そいつはオレを背後から、横薙ぎに押し倒す!
突然の事にバランスを崩して倒れる。とっさに体をつかもうと手を伸ばすが、むなしく空を切った。
「王子……!」
地面で跳ね起きるオレ。その時目にしたのは、王子に向かう鋭い刃だった。
ダメだ、間に合わない……!
クルトもローゼマリーも、王子に手が届かない。妙にゆっくりと流れる時間の中、自分の失態に歯噛みしていた。
その時。
刃の前に滑り込んだ者がいる。アマーリエ!
刺客と彼女の体が重なった。
「きゃぁぁ、アマーリエ!」
誰かが叫ぶ。ローゼマリーだ。
王子を守って、アマーリエが……。本当はオレの役目だった。オレが身を挺して王子を守るべきだったのに!
心を占める悔恨。そして、それを払うように湧き上がる怒り。感情に任せ、魔法で刺客を殺そうと思った。今思えば生かして背後関係を探るべきだが、その時はそんな事、心の端にも浮かばなかった。
ところが。
パキン、と音がした。
「なっ……!」
同時に驚きの声が上がり、刺客が後ろに飛びずさった。それに追いすがるように飛ぶ、アマーリエ。
「他人の命獲ろうっていうんなら……」
振り上げられる、彼女の拳。何かに覆われてる?
「自分の命も獲られる覚悟はできてるんでしょーねぇぇ!」
ばきっ。
アマーリエの叫びと共に、拳が刺客の顔面を打ち抜いた。
鼻血をまき散らし、刺客はオレの横にあおむけに倒れる。もうピクリとも動かなかった。
ばらばら。
音に振り返ってみれば、アマーリエの手から零れ落ちる小石。
土魔法……?そうか、それで手を覆ったのか。そんな使い方があるとは知らなかった……。
「アマーリエ、怪我は!?」
クルトが彼女の肩をつかみ、狂おしいまでに心配して聞いた。
「あ、ありません……」
その言葉にクルトだけではなく、王子もローゼマリーも、そしてオレもほっとした。
しかし、無事が分かると同時に違う感情が頭をもたげる。
オレは何もできなかった。それに対してアマーリエは……。
これは嫉妬だ。オレは今、醜い感情に支配されている。
王子達を見ているのがつらく、オレは目を逸らした。
気が付けば拳を握りしめていた。
サロンにて。
オレは考えた末、王子にそれを伝えた。
「……私は刺客から一番近いところにいたのに、何もできませんでした。
私は王子に侍するに足る、能力がありません。またその資格もありません。
今後、お傍近くにいることを辞させていただきます」
王子の顔が驚きと、……そして悲しみにゆがんだ。
物心ついた時から、オレは王子の遊び相手として、長じては学友として常にそばにいた。王子と離れるのはオレもつらい、心が痛い。
でもこれが一番いい、役立たずのオレは必要ない。
クルトはオレを止めるが、オレの考えは変わらなかった。
「クルト……。お前とローズマリーは、ちゃんと王子の盾になるべく動いたじゃないか。オレは何をした?刺客に後れを取り、何もできなかった……。
『女辺境伯』がいなければ、王子は殺されていたかもしれない。そうしたらそれは、オレのせいだ。オレが王子を死なせていたかもしれないんだぞ?
お傍近くにいて何もできない。これは罪だ、裁かれるべきだ。
沙汰があるまで自室で謹慎します」
オレは一礼して部屋を出た。
そしたら後ろで扉が開く音がして、意外な人物がオレを呼びとめた。
アマーリエだ。
廊下の窓から入る日差しが、彼女の髪を金色に輝かせる。眩しさに目を伏せた。
彼女と話すのはつらい、自分の劣等感を刺激されるから。
「……アマーリエ、君のような人にはオレの気持ちは分からないでしょうね」
思わず自虐的になる。アマーリエの眉が、不快気にゆがめられた。
そしてオレは諭された。この年下の女の子に。
最後に彼女は言った。
「王子様には貴方も必要なんです。貴方もいないとダメなんですよ。
今回のご自分の役割が不満だったならば、いっしょに努力しましょう。
……正直私だって、今の自分の役に満足していません。特に、大した実力もないのに『女辺境伯』と呼ばれることとかね」
優しい笑みを浮かべる彼女。
貴方も必要なんです。一緒に努力しましょう……。
その言葉は、嫉妬とか自虐といった負の感情に染まり、暗かったオレの心を明るく照らした。
彼女と一緒に努力していけたら。そうしたら、ずっと彼女と共にいられるだろうか?そう思ってしまった。
その考えに、オレは苦笑した。彼女はクルトの思い人なのに!
冷静になってみれば、扉の向こうに感じる息遣い。オレは空を仰いで嘆息する。
「……ああ、オレはつくづく情けないな。年下の女の子に諭されるなんて。
王子、先ほどの言葉は撤回させて下さい。少し頭を冷やしてから戻りますので」
歩き去りながら、オレは思う。
そうだ。彼女はまだ誰のものでもない。
一人になって考えよう。胸にざわめく、この感情がなんなのか。
オレは自分の顔に今、笑みが浮かんでいることを自覚した。




