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第五十九話 職場放棄

大変お待たせいたしました。

今回の副題は、「アマーリエのお説教」ですね。

「カイ様」


私は彼の出て言った扉を開けて、名前を呼んだ。


廊下を進む彼が振り返る。


私も廊下に出て、扉を閉めた。そして彼に歩み寄る。


正面に立ち、見つめた。頭一つ、彼の方が身長が高いので見上げる事になる。


私を見下ろす彼は、目にかかる前髪をかき上げた。黒い瞳に、私が映っている。


「……アマーリエ、君のような人にはオレの気持ちは分からないでしょうね」


常に真面目な表情を崩さないカイ様が、口をゆがめる。多分笑おうとして、失敗したようだ。


彼の内なる苦悩は相当深い。


「魔族と交渉(・・)する。そんな、誰も思いつかないようなことをやってのけて。そして、王子の暗殺をも防いだ。

……『女辺境伯』を与えられるのも当然ですね」


さっきから……『女辺境伯』って。まだなってないって。


私は内心に生じた不快さを出さないように、冷静に言った。


「カイ様、職場放棄ですか?」

「違う、オレは……」

「いいえ。貴方は王子様のお側役そばやくでしょ。王様からか父親からか知りませんが、任じられて受けたんですよね?だったらこれって、立派な職場放棄ですよね」


私の断定に、彼の目にいら立ちの色が浮かぶ。


私は黙って彼の目を見続けた。すると、つと目をらされる。


「オレは、自分の力不足を自覚してそばを辞すんだ。

王子のそばには君のような優秀な人間がいればいい」


うわー、卑屈になっているなぁ。


そう思いながら私は口を開く。


「王子様は貴方に去れと言わなかった。それは貴方を必要としているからではありませんか。それなのに貴方が自分の意志で去って行く。無責任だと思いますけど?」


私は言葉を切った。


カイ様は私から目を逸らし、うつむいている。その口元は固く締められ、言いたい反論を封じ込めているよう。


私は言葉をつづけた。


「一回の失敗で、この仕事から逃げるんですか。努力して、挽回ばんかいしようとか思わないんですか?

……そもそも、私は優秀な人間などではありません。

ちょっとクルト様になぶられれば、おびえて泣きわめくような人間です」


私は言葉を切った。目は逸らさない。


再び口を開く。


「私は弱い人間であると自覚しています。ですから強くなろうと努力します。

強くなりたい、そう思わせてくれたのはローミ。そして今日使った魔法は、ローミに追いつくためにお願いした家庭教師から教えていただいた技です」


鳥が一羽、窓を横切った。一瞬影が、カイ様の端正な顔をよぎる。


固い顔をした彼の胸の内は分からない。私の言葉が届いているのかどうかも分からない。


でも私は、届いていることを信じて続ける。


「私はいろいろな方に教えられ、支えられている。私は一人じゃない、常にそう感じています。

自分の与えられた役割に対して、自分ができる最高の事をする。そのために努力して、足りない部分は人の手を借りる。

私はそれが、一番効率がいい仕事の仕方だと思います。

王子様を支え、お守りするのもそうだと思いませんか」


カイ様は何も言わなかった。黙って考えている。


「そして今回、皆で守ったから王子様は無事だったんです。カイ様がいたから刺客の足が一度止まり、私は間に合った。

……そんな役、あなたは不満かもしれませんが、今回の暗殺を防いだ要因にあなたの存在もちゃんと入っているんですよ。」


私は微笑んだ。カイ様はまだ難しい顔をしている。


「王子様には貴方も(・・・)必要なんです。貴方も(・・・)いないとダメなんですよ。

今回のご自分の役割(足止め役)が不満だったならば、いっしょに努力しましょう。

……正直私だって、今の自分に満足していません。特に、大した実力もないのに『女辺境伯』と呼ばれることとかね」


カイ様は苦笑した。そして天を仰ぐ。額を覆う黒髪が、サラサラと流れる。


「……ああ、オレはつくづく情けないな。年下の女の子にさとされるなんて。

王子、先ほどの言葉は撤回させて下さい。少し頭を冷やしてから戻りますので」


扉に向かって一礼すると、廊下を歩いて行った。


私は黙って扉を開ける。


するとばつの悪そうな三人が立っていた。



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