第五十七話 撃退
「ゴットハルト様、すばらしい魔法でしたわ」
ローミが王子様に声をかけた。
彼は歩み寄ってきたカイ様が渡すタオルを受け取り、額に浮いた汗を押さえる。
「やはりクルト相手だと、安心して魔法を放てるから気持ちがいいよ」
「もっと本気で放ってくださってもいいんですよ、必ずかわしてみせますから」
クルト様がにやり、と笑って言うと、王子様も笑って首を横に振る。
「そなたは自分の魔法でかわすだろうが、余波で周りに被害が出る」
やっぱり手加減してた。二人が本気出したらどんな魔法の威力なんだろう。
そんなことを考えていた時だった。
私の斜め前、王子様の後ろにいた観覧者の一人が動いた。
制服着た黒髪の女生徒だが……スカートのポケットに手を入れ、抜き出した時には刃物を持ってる!刺客!?
「後ろ!危ない!」
私は叫んだ。
一番近くにいたカイ様が驚いて振り返る。飛び出て来た刺客は、そんな彼を横薙ぎに突き飛ばし、まっすぐ王子様に突っ込んでくる!
ローミとクルト様が動くのが見えた。しかし彼らは、王子様を挟んで刺客と向き合う形になるので間に合わない!
私は王子様と刺客の間に飛び出した。口の中で一言、呪文を唱える。
「きゃぁぁ、アマーリエ!」
ローミの叫びと……。
がきんっ!
刃が固いものに当たる音は、ほぼ同時だった。
「なっ……!」
刺客の驚きの声。
私は両手でがっちり、刺客のナイフの刃をつかんでいた。
手から血は出ていない。何しろ両手にはグローブ状に隙間なく、石がびっしりと付いている。
「凝りて石となれ、土!」私はさっきそう唱えたのだ。この呪文で両手の表面にはびっしりと石が生じ、私の手を守った。
突き刺すための細い刃は、私の手の中でパキンという音と共にへし折れた。
「ちいっ!」
刃の無くなった柄を捨て、刺客が後ろに飛びずさるが逃がさない!
「他人の命獲ろうっていうんなら……」
私はすかさず刺客にとびかかる。彼女はスカートの下に手を入れた。新しい武器!?でも私の方が早い!
「自分の命も獲られる覚悟はできてるんでしょーねぇぇ!」
ばきっ!
石で覆われたされた拳は、刺客の顔面の真ん中を打ち抜き。
鼻血をまき散らして彼女は後ろへ吹っ飛んだ。そして、倒れるとき地面に後頭部を打ちつけ、そのまま白目をむいて動かなくなったのだった。
ふーっ。
知らず息が漏れた。
気が抜けると、バラバラと音を立てて手についていた石が落ちていく。
「アマーリエ!」
クルト様が私の両肩をつかむ。いつもの軽い感じではなく、真剣な顔。
「怪我は!?」
「あ、ありません……」
私は両手を開いて見せた。彼は私の全身に素早く目を走らせ、怪我がないことを確認するとほっと力を抜いた。
「王子!ご無事ですかぁ!」
人ごみをかき分け、現れるファーナー先生。
私たちが無事立っており、刺客が昏倒しているのを見ると近くの生徒に命じた。
「誰か、衛兵を呼んできてください」
周りの生徒たちは興奮していたが、先生の指示のもと落ち着きを取り戻しつつあった。
ふと見ると、カイ様が青い顔をして立ち尽くしていた。
私と目が合うと、つとその視線を逸らされた。
私は気づいた。黙り込む彼の拳は、関節が白くなるほど握りしめられていた。




