第五十二話 救国の乙女
ローゼマリーが入寮してきたのは、入学式の二日前だった。余裕のローミ。
侯爵家の令嬢で王子様の婚約者たる彼女の部屋は、寮の最上階。寝室、応接室、ミニキッチンがある広い部屋で、メイドをつけることも許されている。もちろんメイド用の部屋も併設。
初めて彼女の部屋を訪れた私は、一通り部屋を見せてもらった。応接室のソファに座ってローミと話していると、ハンナが紅茶を入れてくれる。
「いいなぁ、ハンナがいてくれるんだ」
私の言葉に、ローミは肩をすくめる。
「何言ってるの。辺境伯の爵位、受けておけばあなたもこれくらいの待遇がもらえたのよ。『救国の乙女』様?」
聞きなれぬ称号に、私は眉をしかめる。
「何?その呼び方」
「あれ、知らないの?
例の件は箝口令が敷かれているけど、有名無実。貴族の間では結構知れた話になっているのよ。で、あなたについたあだ名が『救国の乙女』」
物知り気に言うローミに、私は渋い顔。
なんか話が大きくなっているし。もっと徹底して欲しい、箝口令……。
「なるほどねぇ……。私たち貴族が魔力を持っているのは、魔王の血が残っているからなのね」
ため息交じりにローミはつぶやいた。
彼女は今、私が持ってきたノートに目を通している。
そこにはゲームにも出てこなかった、500年前の驚きの真実が記されていた。
「現在人間の領地であるこの地に、500年前一体の魔族が住み着いた。
彼は残虐で、人間を娯楽で狩る、自分の飼う魔獣の餌にする……。魔法を使えぬ人間は、抵抗むなしく急速に数を減らしていった。
人々の嘆きの声に、勇者ライムレヴィンは立ち上がり、ともに魔族を倒す仲間を募る。そこに一人の魔族が加わった。それが魔王アウロラ・アルティオム。
彼女の助力でライムレヴィンは悪逆非道な魔族を倒し、愛し合うようになった二人は結ばれる。
二人の間にできた子供は、人の外見でありながら魔法を使えた。
……つまり、500年前には人間で魔法を使える者はいなかった。魔族と血が混ざった事で使えるようになった。今魔法を使える貴族は、もれなく魔王の血を引いている……と言うことね」
そう言って、ローミは読み終えたノートを閉じた。
貴族は貴族と結婚することが圧倒的に多い。だから魔王の血が色濃く残っているのだろう。
「特にローミは外見もそっくりよね。『海の迷宮』に残っていた、魔王の精密画と」
私が言うと、彼女は頬に手を当てた。
「侯爵家は過去に王族と婚姻することも多かったし……。血が濃いのかも」
私は頷いた。
最初に魔王と出会った時彼がローミを見ていたのも、彼女の外見が魔族に似ていたから驚いていたのかもね。
ローミから返してもらったノートを、私は胸に抱えた。
このノートは、二人に子供ができたところで終わっている。ある日を境にぷっつりと記録は途絶えた。
彼女は幸せな一生を終えたのだろうか?
ライムレヴィ王国の創始者であるライムレヴィンは、王都の教会で眠っている。私も一度行ったことがある。教会の中に入ると、大きなステンドグラスを背後に彼を模る巨大な像が立っていて、その下に葬られているとされる。
しかし、彼の王妃の墓はない。それどころか、王妃に関する記述はどこにも残っていない……。
事実を知れば事情が分かる。彼女は魔族であったために、その存在を隠されたのだ。
仕方のないことかもしれない。500年前魔族の脅威にさらされた直後の人間にとって、魔族への恐怖は今以上であっただろう……。
魔族の王という地位を捨て人間に嫁し、その存在を後世に伝えられることがなかったアウロラ・アルティオム。
私は一抹の悲しさをもって、彼女に思いを馳せた。




