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第四十一.五話 魔王の彷徨(ほうこう)

魔王視点のお話です。

――もう一度会いたい。あの銀の髪の乙女おとめと。




月のない夜。


私は黒い鳥になり、城壁の上に降りた。


鳥の目を向けると、物見台に兵士がいるのが見える。


こちらを見てはいない……。


城壁から街中へ降りる。ひと気のない路地裏に舞い降りると、姿を戻した。


黒髪が肩から滑り落ちる……。


この髪は目立つ。光に当たると螺鈿らでんのように七色に輝く髪は、人でない証だった。


私は指で空に魔力で陣を描く。


すると、陣から欲しいものが落ちてきた。


白地に銀糸で緻密な模様が施された、長い布。髪を上にまとめ、頭を布で巻く。


これで分かるまい。


さて、これからどこへ行こうか。てなどない。


私は街を彷徨さまよい歩いた。




「なあ、あんた。男娼だんしょうか?いくらだよ」


酔った男が声をかけてきたのは、酒場の前だった。何人かの男が、外に置かれた大きな酒樽をテーブルがわりにして飲んでいた。


腰に長剣を下げ、体格もいい。しかし、全体から漂う退廃たいはいした空気……。傭兵か?


私がつと見ると、一瞬彼の目にぎょっとしたような、怯えの色が走った。しかし、彼は自分が何に怯えたのか分からなかったようで、それはすぐに消えた。


「金は払うから、ここで裸になれよ。犬みたいに四つんいになってワンと鳴いたら、倍の金額払ってやるよ」


それを聞いて、男たちが大声で笑った。


私は無視して歩き去ろうとした。


するとそれが気に障ったのか、私の肩に男が手を伸ばしてきた。


「おい、男娼だんしょう風情ふぜいが。待てよ……」

人間(・・)風情ふぜいが。余に触れるでない」


私は彼に向かって、爪をはじいた。


手加減をした。これ以上なく。


しかし、その人間は吹っ飛ぶとテーブル代わりの酒樽に突っ込んだ。


そばにいた仲間から悲鳴が上がる。


男は酒樽を破壊し、中にめり込んでピクリともしない。


……人間はもろい、やりすぎたか?しかしこれ以上手加減などできんぞ……。


私は内心困ったことになったと思う。


なぜなら、皆が剣を抜いたからだ。


騒ぎになるので、殺すのは避けたいのだが……。


「今何をした?」

「お、お前、魔術師か?」


口々にわめく男たち。十分な騒ぎになってしまった。


無駄か?と思いながらも、私は口を開いて言った。


「やめろ。これ以上手加減は出来ない。来れば死ぬことになるぞ?」


私の言葉は逆に彼らの闘争心に火をつけたようだ。


剣を握る手に力が入るのが見える。


横にいた一人が、突っ込んできた。


速いな、人としては。


私は手を払う。


彼は横にいた数人と共に吹っ飛んで、後ろの建物の壁をへこませ、路地に転がる。


死んだかもしれない。


私は残る仲間を見た。完全に腰が引けている。


その時だった。


「何をしているのですか!?」


女の声が路地に響く。


脇の建物の扉が開き、少女が現れた。


人にしては美しい。銀の髪の乙女ほどではないが。


波打つ髪は白金。目は若草色をしている。長いまつげに縁どられた眼が大きく見開かれていた。


「なんということを……。ここは教会の、神の御前なのですよ?争いは慎んでください」


彼女は駆け出すと、壁に衝突して地面に転がる男のそばに膝をついた。


その男の様子を見て、彼女は顔を青くした。


「大変……、だれか、お医者様を呼んで!」


酒場から何人か顔を出すがすぐに引っ込む。もめごとはご免だということだろう。


その人々を押しのけて、酒場から太った女が出てきた。濃い化粧をした、とうの立った女だ。


「ティアナ!どうしたんだい……。なんだい、アンタは?アンダがやったのかい」

「おかみさん!この人、息が弱いんです……。死んでしまうかも……」


ティアナと呼ばれた少女の声は泣きそうだ。女の眼差しが鋭く私を射た。


さっきの男と同じだ。目が合うと一瞬、動揺にも似た怯えの色が走るが理由が分からないようですぐにそれは消える。


「あんた、厄介事を起こしてくれたね……。誰か、役人呼んできておくれ、それから医者もだ!」


女の声に、あわてて酒場の数人が走っていく。


ティアナの声には動かなかったのに、この女には地位なり人望なりがあるようだ。


しかし、ここにとどまっているのはまずい。


私は去ろうとした。


ところが――。


「待ちな!役人が来るまでここにいてもらおうか!」


女が私をつかんだ。私の頭を蒔いている布をだ。


布がはらりと落ち、髪が滑り落ちる。


黒髪が、酒場の窓から漏れる明りに輝く。螺鈿のごとき、七色に。


女の手から布が滑り落ちる。


口も目も限界まで開かれた。


剣を向けていた、まだ無傷であった男たちが腰を抜かし地べたを這いずって私から遠ざかろうとする。


そんな中――。


「ああ……、ああ!しっかりして下さい。もうすぐお医者様が来ます……」


ティアナは横たわる男の手を握って声をかけていた。


男の命が消えそうになっているのが分かる、やはり人間はもろい。


彼女の目から涙が落ちた。男の頬に一筋、二筋……。


魔族である私の目には見えた。


彼女の全身から、弱く発せられる白金の魔力。それがだんだん強くなる。


これは……白魔法か、珍しい。


男の体が癒されていく。ついにはゆっくり目を開け、起き上がった。


酒場の女と傭兵たちは、それを見てさらに驚愕きょうがくする。


「甦った……。死者が、甦ったよ!」


女が叫ぶが正確には男は死んでいなかった、瀕死ひんしだっただけだ。


まあ、この調子でいけばどうやら死者は出ないらしい。


長居は無用だ。私は鳥に姿を変えると、空に飛び去った。




銀の髪の乙女。どうしたら彼女に再びまみえるだろう?


私は魔山脈を目指し、翼を羽ばたかせながらそんなことを考えていた。


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