第四十.五話 お仕置き(後編)
クルト視点その3です。
オレはぐったりとソファに身を沈めていた。
「ぷっ、……くく」
隣に座るカイが、思い出し笑いをする。……いい加減にしろよ?
「いや……、あのアマーリエにここまでする度胸があろうとは、本当に予想外であった。
さすがローゼマリーの友、と言ったところか?」
正面の上座に座る王子がしみじみと言った。全く同感です。
今、オレ達は公爵家の貴賓室にいる。
オレをさんざん笑い者にした夜会は終会し、令嬢たちは「クルト様の情けないお姿を拝めて、恨みも晴れましたわ」という満足の声と共に帰って行った。
解放されたオレは、王子達と飲み直すことにしてここにいる。
「……本当に肝が冷えました。
特にあのトランクの中身……。あれを見た時は身が震えましたね」
オレは身を起こすと、グラスを取りワインを二口飲み干した。
喉に残る渋みが心地よい。公爵家の領地で作られる最高級ワインだ。
「ああ……。全く持って女性というものは恐ろしい」
隣で身を震わせつつカイが言う。全く同感である。
公爵家の嫡子であるオレが、衆人環視の中服を剥かれ縛られて鞭打たれる?
死んだ方がマシである。
「しかし無理やり唇を奪われた時の、クルトの顔ときたら……」
カイはそう言って吹き出した。それを聞いた王子も……。
「ええ、ええ。今日はお笑いになるとよろしいですよ」
オレは憮然と屈辱に耐える。
唇に指を当てる。
自然笑みがこぼれていた。
あの下手くそなキス。必死な顔。
全くアマーリエは面白い。
「クルト?そなたまさか……」
王子がオレの顔に目をとめて、びっくりして聞いてくる。
「何をするつもりです?クルト。意趣返しの意趣返しはやめなさい、キリがありません」
カイは何やら勘違いしている。
オレは笑い出した。
「意趣返しの意趣返しなんてしないよ。
アマーリエは面白いじゃないか。
是非とも落としたいね。オレに夢中にさせてみたい」
王子とカイは顔を見合わせ……、処置なしというように首を横に振った。
「物好きな」
「無理に決まっているでしょ」
なんとでも言え、オレは必ずやり遂げる。
楽しい。
こんな気持ちになったのは初めてだ。体から何か湧き上がるように感じる。
オレはワインを飲み干した。
次の朝。
朝食後オレは父の書斎に呼ばれた。
行ってみると父と母が並んで座っている。
正面に腰を下ろすと、母が口を開いた。
「少しは身に染みましたか」
今日の母は、表情が柔らかい。少し笑みすら浮かんでいるようだ。
そうだ、幼いころのオレを見る母は、いつも微笑んでいた。
いつからだっただろう、オレを見る顔から表情が消えていたのは。オレは思い出せなかった。
「身に染みて反省しました」
オレは素直に言った。
「よもや、アマーリエ嬢に恨みを抱いてはいまいな?」
父が笑いながら聞いてくる。オレは首を横に振る。
「男爵家の令嬢が、とても思い切った意趣返しと感心しました。
母上と王妃様を味方につけ、オレを助けに来る者がいないよう敵で周りを固め、王子とカイを王妃様で牽制する。全く持って、気持ちよくしてやられましたよ」
「オレも賛同したしな」
父上が言うが、あなたは母上には逆らえないですよね?母が味方に付いた時点で父ももれなくついてくる……。
「これでそなたにひどい仕打ちをされた者達の気も晴れたでしょう」
母がアマーリエに手を貸した目的には、それも含まれていたらしい。
「アマーリエにはもう一度きちんと謝罪しておきます。
今後は行動を慎みますので」
オレが言うと父は目を細めた。
「なに?もしかしてアマーリエに強引にキスされて惚れちゃった?
押しに弱いところ、誰に似たのかなぁ」
「あなたでしょ」
母がさっと父の腰に手を回す。父の頬がひきつった。多分抓られている。
オレは花束を持って男爵家に来ていた。
あのメイドがオレの前に立っている。
「改めてお詫びに来たんだ。今日は会わせてくれるよね?アマーリエは「勘弁してあげる」って言ってたんだし」
メイドは「少々お待ちください」と言って下がった。
しばらくして、お伺いを立てたのか戻ってくる。
「どうぞ。本日はローゼマリー様もおいでになっています」
彼女もいたのか。
オレは応接室に通された。
日の光が注ぐ部屋の中、ローゼマリーの後ろに隠れるように彼女はいた。
「まあ、クルト。昨日の今日でよくこちらへ来る気になりましたわね?」
ローゼマリーの口調にはまだトゲがあった。
その彼女の後ろから、アマーリエが顔をのぞかせる。
「……仕返し、する?」
そう言って、不安げな瞳を向けてくる。
オレは首を横に振った。
「今日はお詫びに来たんだよ。受け取ってほしい」
花束にはアマーリエに似合いそうな、ピンクやオレンジといった淡い色の花を選んだ。
それを差し出すと、彼女はおずおずといった具合にローゼマリーの後ろから出てきた。
花束を受け取る。それを見る彼女の、口元が少しほころんだ。
「今回の事は本当に申し訳なく思っている。許してほしい」
オレは彼女の前で片膝をつき、頭を深く垂れた。騎士の礼。本来自分より上位の者にしかしない。
アマーリエは慌てて言った。
「クルト様!?やめて下さい、昨日のことで気はすみました。もういいです」
「許してくれるの?」
「はい、だからやめて下さい!」
彼女は逆に懇願してくる。
オレはほほ笑んで、彼女のスカートの裾を手に取ると口付けた。
「ありがとう、アマーリエ」
見上げれば、真っ赤になったアマーリエ。全くもって面白い。
オレは立ち上がると、あきれ果てたというローゼマリーの視線を無視して尋ねた。
「ところで、テーブルの上にある手紙の山は何?」
ローゼマリーがため息をついた。
「昨日夜会に出席した貴公子達からよ。
自分もお仕置きして欲しいのですって」
ぴきっと顔が引きつるのが分かる。
あいつら……。
「元はと言えばオレのせいだから。
公爵家で対処するからいいよ」
そう言って、手紙の山を全部まとめてもらっていくことにした。
オレ自らが一軒一軒訪ねてやろう。そしてお仕置きしてやろうではないか。
今のオレ、絶対昨日のアマーリエより悪い笑顔しているだろう。




