第四十話 意趣返し(後編)
王妃様とローゼマリーは似た者同士のようです。
公爵はクルトの肩越しにそれを覗き、感嘆の声を上げる。
「なんと倒錯的な拷問用具……。
今からそれが息子に使われると思うと、胸が熱くなるねぇ……」
「変態ですか……?父上……」
がっくりと首を落として息子は言った。
事情を知らなかったローミも、今はすべてを察したようだ。
トランクの中身を見て、首を左右に振る。
「ムチ、ロウソクはいいとして、ロープが白いのはダメね。赤いロープが白い肌に映えるんじゃないの」
王子様がちょっと引いた……。でも王妃様のがすごい。
「あら、白いロープが鞭でたたかれた肌から滲む血で赤く染まるのもいいわよ」
「いや、ほんと、ちょっと待って!怖い怖い怖いって……!」
クルトが耐え切れず悲鳴を上げた。
そうだ、あの時の私と同じように怯えるがいいーっ。
「……まあ、傷はつけないと約束したので、このトランクの中身は今回は使いません」
「「えーっ」」
会場からブーイングが起こる。
ローミと王妃様が、一番不満の声を上げている……。
「傷をつけずに一つ、意趣返しをしてもいいということでしたよね?公爵夫人?」
私は振り返った。
コルネリウス公爵夫人は頷いた。
「まあ、治る傷なら多少つけてもいいですけどね」
「母上ーっ!?」
情けない声がクルトから上がる。
私は彼に向き直った。
「お、どうするアマーリエ?
顔にする?それとも腹??」
「父上ー!?」
私は彼の前にトランクを置いた。そしてそれに乗っかる。
すると私の方がクルトよりも視線が高くなった。
「ちょ、ちょっと、何をする気なの……」
「ほう、上から行きますか。
念のため言っとくけどね、クルト。足で蹴ったりしたらお前の体を持ち上げて、そのまま後ろに放り投げるから」
公爵様、フォローありがとうございます。
私はクルトの耳に口を近づけ小声で言った。
「クルト、あなた本当はローゼマリーの事が好きなんでしょ?」
彼の体が硬直する。
公爵の目がクルトの顔を見て、苦笑した。
「……ほう?」
「そ、そんなわけ……」
「そんなわけでっ!」
私は彼の頭を両手で鷲掴みにする。
「ちょっ、痛っ、爪痛っ!!……!?」
ガチンッ。
あ痛っ!失敗、歯が当たった……。
私は後ろに飛びずさった。そして指を彼に突き付ける。
「どどど、どーだっ!?思い知ったか!」
「……え、え?」
余りの動揺に声も出ないらしい。
私は顔が赤らみ目に涙が浮かぶのを自覚するが、それよりもクルトに一矢報いてやったという高揚感で声が高まる。
「好きでもない人にキスされる屈辱、とくと味わうがいいわっ!
……って、あれ?」
会場は水を打ったように静まり返っている。
王妃様も、王子様も、ローミも……。公爵やその夫人も、クルトまで目が点だ。
やりすぎた?やりすぎたんだろうか……。
「こ、今回はこれくらいで勘弁してあげるわっ」
まるっきり悪役のセリフを叫び、私はドレスの裾をつかむと扉に向かって走り出した。
男爵家の馬車に乗り込むと、ゲルダを待って出発する。
「……ねぇ、ゲルダ?やりすぎたかしら……」
心配になって聞くと、ゲルダは苦笑した。
「前半は随分怖がっていましたけど……。最後のアレは、お仕置きになりましたでしょうか……?」
「え、なったでしょ?
好きでもない人とキスするの、イヤでしょう?」
「……まあ、好きでもない相手なら」
そうでしょう、そうでしょう。
こうして私は自分の身を犠牲にして、彼に復讐を果たしたのであった。
……考えてみれば、ファーストキスだった……。
その後、男爵家には自分もお仕置きして欲しい、ぜひあのスーツケースの中身を自分に使ってほしいという貴公子からの手紙が絶えなかった……。
皆、マゾ?マゾなのか?
私は頭を抱えることとなる。




