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第三十七.五話 クルトの苦悩

「第三十六話、第三十七話 それぞれの苦悩」のクルト視点です。

クルトの語りで書くの、なかなか楽しいです。

突き返された花と手紙を見て、オレは嘆息たんそくした。深々と、ソファに背を預ける。


ここは公爵家わがやの応接室だ。使者としてベル男爵家へ行った家礼けらいが、申し訳なさそうにひかえている。


「これで三度目か……」

「申し訳ありません、若様。応対するメイドに、けんもほろろに断られまして……」


オレに剣を突き付けた、あのメイドか。


やいばの冷たい感触と、彼女の目の奥にくすぶる、怒りの炎を思い出す。


そして同時それは、怒りに燃える目で「マーレが許してくれるまで、クルト様とは絶交します」と言ったローゼマリーの事も思い出させた。


ふう……。


ため息しか出ない。


「いかがいたしましょう……」


こちらをうかがい見る彼に、オレは言った。


「もういい、今度はオレが行く」

「どうしたというのです、クルト」


母が静かに、戸口に立っていた。


オレは微笑みを絶やさぬよう気を付けながら、立ち上がる。


「……気になる女性かたに贈り物をしたら、返されてしまいました。

それだけです、お気になさらず」


母は無表情に、テーブルの上に置かれた花と手紙を見た。


「そうですか」


そう言うときびすを返し、部屋を出て行った。






「本当に悪かったと思っている。謝りたいんだ。会わせてくれないか」


後日、オレは自分で男爵家に出向き、アマーリエに面会したいと申し出た。


真摯にそう言っても、目の前のメイドの表情は変わらなかった。


「お嬢様はせっております。どなたともお会いになりません。お引き取り下さい」

「せめて手紙を受け取ってくれないか」

「メイドとして、お嬢様のお加減が余計悪くなる事は致しかねます」

「どういうことだ!?オレからの手紙で具合が悪くなると?」

「そうです」

「……」


メイドの目が、「それだけのことはしたでしょう?」と言いたげだ。


「お嬢様に何も思い出させたくありません。お引き取り下さい」


今日は何を言っても無駄だ。オレはあきらめざるをえなかった。


「……せめて、オレが謝罪したいので後日でもいいので面会したいと言っていたと伝えてもらいたいのだが」

「わかりました」


かぶせ気味に言ってくる。絶対に伝えてもらえないとわかった。






打つ手がない……。


返された花と手紙を前に、オレは頭を抱えた。


王子からはあきれられ、ローゼマリーからは絶交される。


アマーリエに会えなかったら、本当に二人と元の関係に戻れないかもしれない。


オレは万事休した。


「クルト」


母がまた戸口に立っていた。


表情は無い。花と手紙を見ている。


彼女はオレの前に座った。


「話しなさい、何があったのです」

「いえ、母上。別に何も……」

「話しなさい」


母にはすべて見通されているようだ……。


オレは差し障りなく話すことにした。


「それが……、ある女性に少し強引に迫りすぎてしまったようで。その人がローゼマリーの友人だったので、彼女が立腹しているのです。

何とかしてその人に会って許しを請いたいのですが、会わせてももらえない状況でして。どうしたらいいか、頭を悩ませているのです」


母は黙って聞いていた。聞き終わると長い間沈黙していた。


オレはいたたまれなくなった。


「あの、反省しています……」

「ではその方は、アマーリエ・ベル男爵令嬢?

悪いうわさは聞きましたが、どうやらそれは誤りであったようですね。ヤン・アーレン殿、アウレール・ファーナー殿、ローゼマリーと言った世に聞こえる要人たちを手玉に取るような希代きたい妖婦ようふであったならば、そなたごときの求愛など鼻であしらうでしょう」

「母上……」


酷い言われようだが、あながち間違いでもない。オレはがっくり肩を落とすしかない。


母はまたしばらく黙っていたが、ぽつりと言った。


「私が行きます」

「!母上?」


驚いて声を上げた。


息子の、こんなくだらない失態に母が出る?


ありえない、と思った。


「母上がそんなことをする必要は……」

「そなた、アマーリエ嬢が自死したらどうするつもりだったのです?」

「え?」


母の冷たい目がオレの目を射抜いた。


「そなたはローゼマリーばかりをおもんぱかっているようだが、アマーリエが自死したらどう責任を取るつもりであった?」

「そんな、自死など……」

「ありえないと?少し(・・)強引に迫ったら、社交界に出てこなくなった令嬢が自死せぬとなぜ言える」


母は声を荒げなかった。静かに問うた。


でもそれは、俺の心に深く刺さった。


「そなたは公爵家の嫡子。その行動は、公爵家の行動と思いなさい。そう教えてきたはずです。

……アマーリエ嬢が自死したならば、私もこの喉を刃で貫きましょう」

「!母上っ」


驚いてオレは声を上げた。


そんな息子にもう目もくれず、母は立ち上がった。


戸口で振り返って、言った。


「その時こそ、そなたの短慮な行動が母を殺したのだと身に染みて反省なさい」


オレの顔から血の気が引いた。


アマーリエが死ぬ?母が死ぬ?オレのせいで??


なぜこんな大事になってしまったのか。


オレは何をしていいかわからず、立ち尽くすしかなかった。






オレはソファに腰掛けて肘は膝に、そして組んだ手の上に額を乗せた姿勢で待っていた。


何時間もそのままでいた。


母が帰ってきたのは、夜になってからだった。


まず、無事に帰ってきたことにほっとした。


正面に腰掛けた母の無表情の顔が、オレを見つめた。


「母上、アマーリエはどうでしたか……?」


恐る恐るオレは聞いた。母は表情を変えない。


憔悴しょうすいしきっていました」


オレは目を伏せた。


確かに……母が言うように、オレはローゼマリーが怒っているからアマーリエに許しを請いたかったのだ。


ローゼマリーの事ばかり考えて、アマーリエがどんなに苦しんでいるかを考えなかった。


母はそれを見透かしていた。


「数日後、公爵家わがやで夜会を開きます。彼女も出席します」

「!」


オレは身を固くした。


アマーリエが来る……。


「私にできるのはここまでです。

後は自分で膝をつくなり何なりして、彼女に許しを請いなさい」


そう言うと、母は席を立った。


オレは黙って、その後ろ姿に頭を下げた。


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