第三十二.五話 ゲルダのお悩み相談室(後編)
後編です。
ゲルダさんも大変です……
夜。
わたしは街中にいた。
花街が近いため治安はそこそこ悪い。
お尻に手を伸ばしてくる酔っ払いを3人ほど投げ飛ばしつつ、待ち合わせの酒場の扉をくぐる。
待ち人はカウンターの端にいた。
もうすでに何杯か飲んでいるようだ。彼女の前にはジョッキがいくつか転がっている。
「荒れているようね」
声をかけると、ハンナは伏せていた顔を上げた。
苦悩にゆがむ顔。さっきまでの旦那様と同じ表情だ。
「ああ、ゲルダ。呼び出して悪かったわね。あんたもなんか飲んでよ。おごるから」
「いいわ、今日は私のおごりよ。旦那様からボーナスをもらったの。隠密行動の報酬としてね」
不安が解消され喜ぶ旦那様は、特別報酬をはずんでくれた。奥様が知ったら旦那様を殴りそうな額だ。
彼女は大きなため息をついた。
「……ところで、今日あの男が発ったそうだな」
「……情報が早いわね」
わたしは驚かなかった。あのローゼマリー様なら護衛に申し付けて、街の情報屋の何人かは使っているに違いない。
「別れ際にキスしたことも知っている」
「……」
あの時外から見ていた通行人、何人かの中に情報屋がいたらしい。
全員の顔は覚えている。次に会ったら手を打っておこう……。
「それを聞いた姫様の顔……無表情だったが、長年仕えたアタシには分かる……。あれは激怒していた。よく、「あの男の首を落として持っておいで」と言わなかったものだと思う。姫様も大きくなられて、感情をだいぶ抑えられるようになったようだ」
……小さい頃はそれを言ってたの??
侯爵令嬢恐るべし……。
わたしは背中を走る寒気を振り払い、目の前に置かれたジョッキに手を伸ばし一口飲んだ。
だんっ!
ハンナがジョッキを机に振り下ろす。
大きな音がして、酒場にいた者達が黙ってこちらを向いた。
「ちょっ、……ハンナ」
「なあ。もしかしてうちの姫様、アンタのとこのお嬢に惚れてるんだろうか……」
「……はあ?」
何を言い出した?こいつ……。
「そんなことあるわけ……」
「ない、と言い切れるか?今までの事、それで全部説明つかないか?
姫様はお嬢が好きだから接近した。
別荘で酔っ払ってお嬢に手を出したから、お嬢は泣いてたんじゃないか?
婚約者とのことも、作戦を立てたのは姫様。ワザと失敗するようにして、お嬢との仲を深めようとしたのでは?
この前だって、自慢の髪をお嬢のために……」
……。えー??
「……そんな、バカな。全部こじつけじゃないか……」
半信半疑ではない。こんな話、眉唾ものだ。
わたしは全く信じないが、ハンナは疑心暗鬼になっているようだった。
「どうしよう……。
アタシは姫様を応援するべきなんだろうか……」
「お待ちなさい、ハンナ。あなた疲れてるのよ……」
「なあ、アンタのとこのお嬢、女性もいける?」
「そんなわけない!」
「ああ、もし姫様が振られたら……。ア、アタシがお慰めするとか、何とかした方がいいの?それって、何するの?ねえ、何したらいいの??」
「知るか。」
って言うか、あんたそんな事考えてるってローゼマリー様に知られたら、絶対お仕置きされると思う……。
ハンナはがっくりと肩を落とし、うつむいている。なんか小さくつぶやいているが聞き取れない。
わたしは彼女がかわいそうになった。
彼女の肩に手を置き、慰めることにする。
「大丈夫よ、ハンナ。
考え過ぎよ、考え過ぎ。だって姫様にはあんなに素敵な婚約者が……」
ハンナは、がばっと身を起こすとわたしの両肩を両手でつかんできた。
痛い。
結構強い力だ。
「ちょ……ハンナ?」
「な、なぁ。練習、していい?」
はぁ?
って、ちょ!顔!顔近いっ!
「「「おおっ!」」」
酒場の連中が息をのむのが分かる。って誰か止めろよー。
ハンナは目を閉じて唇を突き出している。それが近づいてきて……。
「ハンナー!!ストップ、すとっぷぅぅぅー、っうー!!!」
……お嬢様、ゲルダは大人の階段を一歩昇ってしまいました……。




