第三十話 ローミにバレた
「ローミ!」
私は驚いて声を上げた。
すっ、と馬車の扉が開き、ハンナが音もなく降りてくる。そして主のために手を差し出した。
現れたローミは、その手を取って優雅にステップを降りてくる。
今日の彼女は、紺色のワンピースを着ていた。詰襟の下から白いレースを少しのぞかせ、首元に同じ素材のリボンを結んでいる。いつも大人っぽい衣装を好む彼女なのに、今日は女学生風。
彼女は私を見て、そして隣に立つヤン様を見る。
彼は、彼女が私の知り合いと分かり警戒を解いた。脇にどいて軽く頭を下げている。
ローミはにっこり笑うと、私の耳に手の甲を寄せた口元を近づけて言った。
「あら、私に内緒で攻略?あなた、がっつり行くわねぇ」
「ち、違うって!これは偶然……」
「いいのよ、いいのよ。
全く、あのジャガイモが肉食系女子になるとはねぇ……。容姿が変わると、行動までやっぱり変わっちゃうのかしらね」
「ろぉーみぃ??」
私は半眼で彼女を睨む。
そんな私を鼻で笑って、彼女はヤン様に話しかけた。
「初めまして。アマーリエのお家の方かしら?」
ヤン様は一礼して名乗る。
「お初にお目にかかります。
私はベル男爵家にアマーリエ様の家庭教師として雇われました、ヤン・アーレンと申すもの。以後お見知りおきください」
ローミは頷いてその礼を受けた。
「わたくしはエーレンフリート侯爵家のローゼマリーと申します。
アマーリエと私は同じ年で、来年一緒に士官学校に行くことになってますの。
でも彼女が家庭教師をつけて勉強しているなんて……。学校で差がついてしまいますわね」
ちらり、と私を横目で見るローミ。
もう十分実力あるじゃないの……。
私も横目で彼女を見る。
私たちの様子を見て、ヤン様は気づいたようだ。
「もしかして……ダンジョンにアマーリエ様を誘ったご令嬢というのはあなたでしたか」
「あら、マーレが話したんですの?
ええ、そうですわ」
ほほ笑んで言う彼女に、ヤン様の眉が顰められる。
「感心しませんね、軽率です。
あなたは剣の腕も度胸も人一倍おありのようだ。しかしアマーリエ様は違います。彼女はまだ剣の腕も拙く、心優しいか弱い女性だ。今後、危険な場所に伴うのはご遠慮いただきたい」
ローミの片眉がぴくり、と動いた。
隣に立つハンナの方が剣呑だ。侯爵令嬢にたてつく男を、視線で殺さん勢いで睨みつけている。
私は驚き、ハラハラしてヤン様を止めようと腕にしがみついた。
彼は反対の手で私の頭をぽんぽん、と2回押さえた。安心して、私にまかせて、と言うように。
それを見るローミの顔から笑みは消えなかったが、目は笑っていなかった。
「あら、マーレを箱に囲うおつもり?
女は男に守られて家にいればよいと?旧時代的ですわね。
女と言えども、人は自由にどこへでも望むところに行けるべき。わたくしはそう考えています。
マーレを縛り付けないで」
「縛り付ける気などありません。
ただあなたは無茶をしすぎる。マーレは危険なダンジョンなど、行きたくなかったはずだ」
「わたくしがいれば危険などありません。わたくしが彼女を守りますもの」
「あなたには実力がある。しかし、万一の時に彼女のために身を挺する覚悟があったのですか?違うでしょう、あなたは自分の磨き上げた美貌の方を優先するのでしょう。
私は違う。彼女のそばにいる限り、この身を犠牲にしても守る覚悟があります」
今度こそ、ローミの眦が吊り上った。笑みの一片も無く、目の前に立つ男を睨みつける。
「ハンナ」
「はい、姫様」
ローミはハンナに右手を差し出し、当然のようにハンナはその手の上にナイフを置いた。
って、待って待って待って!!!




