第二十八話 ヤンの友人
「いやぁ、よぉきてくれたなぁ、ヤン!」
店に入るなり調子のいい男の人がカウンターから出てきて、ヤン様の肩に腕を回しバシバシ叩いた。まるで大阪人のノリだと思うのは、私の偏見だろうか?
「久しぶり、ロルフ。相変わらず元気そうで何より」
「あったりまえだぁ。ワイの元気がない時なんて、あらへんわ!」
ヤン様は引き気味で、ロルフさんはぐいぐい押している感じ。面白い。
あっけにとられてゲルダと二人で黙って見ていると、彼がこちらに気づいた。
「あ、ヤンのツレ?
初めまして、店主のロルフや。
お嬢さん、ヤンの野郎なんかに騙されちゃアカン。あいつはこんな顔しているけど、結構アレなんや。どうやろ、ワイにせーへん?」
なにがだ。
ロルフ――もう呼び捨てでいい!――は、ゲルダの手を両手で握りしめると、どう見ても口説き始めた。
ゲルダの口元がヒクヒクしている。
「お前が思っているような関係じゃないっ、お客様だよお客様っ!
っていうか、「アレなんや」のアレってなんなんだ!?」
ヤン様のげんこつがロルフの頭に落ちた。
「あ、お客様連れてきてくれたんや。そりゃ失礼……」
頭のてっぺんをなでつつ、お調子者は照れ笑いをした。
ヤン様は「だからアレってなんなんだ……」とつぶやいている。
ロルフはそれには取り合わず、「さあ、商品はこちらですよー」と言いつつゲルダの腰にさりげなく手を回し、彼女に手の甲をつねられていた。
「その人じゃなくて、こっちの子!
今、オレがお世話になっているベル男爵家の令嬢だよ。アマーリエ様と呼ぶように」
その様子をあきれ果てた目で見て、ヤン様は憤然と言った。ロルフはようやく私に気づいたというように見る。
しかし、満面の笑みの中、値踏みしているのだろう。目が狡猾に光っている。
「これはこれは、お嬢様。よくおいでくださいました。
この武器屋に今日は何をお求めで?
おしゃれな細剣など、いかがですか?人気の細工師が装飾を施した美しい品が、ちょうど今入荷したところです。ご令嬢に人気で、すぐに売り切れてしまうのですよ。買うなら今ですよ?ヤンの知り合いですから、お安くいたしますよ」
彼は、営業用スマイルとトークを繰り広げつつカウンターに飛んで戻ると、下から黒い革のケースを取り出した。私の前で開けてみせる。中には金銀細工の美しい細剣が収まっていた。
なんかローミあたりが持ったら似合いそう……。
でも私の欲しいものじゃない。首を横に振って断り、注文する。
「細剣だと、皮の厚い獲物が相手だと折れてしまうわ。ショートソードがいいの。しかも丈夫で、魔宝石がついてるとか付加価値があるとなおいいわね」
ロルフはあっけにとられた顔をしてヤン様を見た。彼が何も言わないのを見ると、本気だとわかったようだ。さらにびっくりした顔をする。
「え、え?
貴族の令嬢がショートソード?「皮の厚い獲物」って、実際に使われるおつもりで?」
私は首を縦に振る。
彼はお飾りの剣を見に来た令嬢だと思っていたようだ。調子のいい商人言葉も出てこず、困惑している。
細剣のケースを閉めて元の所へしまうと、こそこそとヤン様に近づき耳打ちする。
「なぁ……コレ、本当に男爵令嬢?お前、騙されてない??」
全部聞こえてるっ!失礼なっ!
私はショートソードを求める訳を話した方が早いと判断した。
「とある令嬢がダンジョン好きなの。
この前不意打ちで連れて行かれちゃって、そこで渡された長剣が重くて扱えなかったの。だから使いやすい自分の武器を用意しておこうと思って……。またいつ思いついて連れて行かれるかわからないし」
全部ウソ偽りないのだが、口に出してみるとなんとも荒唐無稽さが際立つ。
商人は目を丸くして私を見、次いでゲルダ、ヤン様と視線を移した。
皆、にこりともしていない。
ようやく冗談ではなく本当の事だと理解したようだ。
「えっと……、貴族のお嬢様方のお付き合いってのも大変なんですね……。下手すると命がけ……?」
彼は頭を振りつつ、「世も末だ……」「『お嬢様』という夢が壊れた……」とかブツブツ言いながら、店の奥に引っ込んだ。




