第十五話 騎士団団長
また魔王が来るかもしれない。
私たちは早々に王都へ戻ることにした。
朝食が済むとゲルダが来て、荷物をまとめてすぐに馬車に乗り込む。
警戒しつつ砦まで来ると、そこも異様な雰囲気であった。人馬が行き交い、まるで戦でもあるかのような混乱ぶり。
馬車が止まった。
ローミのメイドがすぐに扉を開け外へ出ていく。様子を見に行ったのだろう。しばらくすると戻ってきて、
「昨日の火球の件で、王都から騎士団が来ています。団長のシュテファン・キュンツェル殿が姫様にお目通りを願っております」
私とローミは目を合わせた。
シュテファン・キュンツェルン。ライムレヴィ王国王立騎士団団長。攻略対象の一人だ。
「マーレ、あなたも来なさい」
馬車のステップに立ったローミが振り返って言う。
え?わたしも?呼ばれてもいないのに、烏滸がましいと思われるんじゃない?
「でも……」
私が躊躇していると、 彼女は馬車に半身を差し入れ私の耳に囁いた。
「何言っているの、攻略対象じゃないの。会いに行きましょう」
半ば強引に、ローミは私を連れだした。
馬車から少し離れたところに、数人の騎士がいた。整列している。
彼らの前にローミが立つと、真ん中の美丈夫が口を開いた。
「お初にお目かかる、侯爵令嬢。私はシュテファン・キュンツェルと申す。王より騎士団団長職を任ぜられております」
シュテファン様は年は25、将来は五爵(公・侯・伯・子・男)のいずれかを賜るに違いないと言われる出世頭だ。
重い長剣を振るう大柄な体躯は、鍛え上げられ贅肉ひとつ見つからない。短く刈られた髪は濃茶色、自由な獣のように精悍な顔。
今はローミの前に頭を垂れ、右手を左胸の上に当てる騎士の礼を取っている。
ローミは頷いて、その礼を受けた。
「ローゼマリー・エーレンフリートよ。こちらはベル男爵令嬢アマーリエ。
しかしシュテファン様、この騒ぎは何事です」
ローミが問うと、彼は頭を上げた。
「実は昨日、この辺りで怪しげな火球が空に上がったため、調査に参りました。もし魔族の侵攻であれば、500年前の人魔大戦終結以来初めての事。このライムレヴィ王国のみならず人間界すべての国々の脅威となりましょう」
「ああ、あの火球ね。あれはわたくし達よ」
「は?」
精悍な顔があっけにとられた顔すると、なんかかわいく思えるのは私だけ?
あー、やっぱりかっこいい、胸がキュンキュンするー。
しかしローミ、さりげなく「わたしくし達」って言ったわね……共犯に引き摺りこまれた……。
「何を仰せか……あの火球を、あなた達が?」
正確に言うとぶっ放したのはローミです、私は力を奪われただけです……
信じられない、と私たち二人の顔を交互に見るシュテファン様。
「彼女は魔力増幅という特殊魔法の持ち主なの。他の術師に魔力を貸すことができるのよ。
昨日、ゴーガイルという低級妖魔に絡まれたものだから、私が彼女の力を借りて火魔法で焼き払ったのです」
ローミの説明に、彼は一応納得したようだ。
「しかし、王都の術師たちはとても人の仕業と思えぬ、火球の消えた後にも巨大な魔力を感じると騒いでいたが……こういうこと、だったのか?」
あー、その巨大な魔力は魔王だと思います。
ちなみに魔王出現は、ローミによって箝口令が敷かれている。さすがに言えないよね、こんなこと……本当に人間と魔族の戦争になりかねない。
「しかし男爵令嬢は、面白い魔力をお持ちですね」
シュテファンが話しかけてきた。
「いえ、まだ士官学校にも通っていないので、自分の特殊魔力の使い方がよくわかりません。よく学び修練を積んで、いずれ窮地に立つ誰かのお役に立てたらと思っているのです」
あ……
ローミがちらっと私を見る。
シュテファン様が驚いた顔をし、そして破顔した。
「貴族のご令嬢がそのようにお考えとは。
あなたはとても心優しい人なのですね。
もし士官学校を卒業して、その気があれば騎士団へご入団ください。私はあなたのような志を持つ方と共に、国を守りたいと思っているのです」
そう言うと彼は一礼して部下と共に去って行った。
ローミが肘でつついてくる。
「あんた抜け目ないわねー、またフラグ立てちゃって……」
そう、これはフラグだったのだ。
シュテファン様とイベントに入ったとき、彼に「ご自分の持つその力、何に使うおつもりか」と聞かれて、この選択肢を選ぶとフラグが立つのだ。
無意識だった。百回以上数えきれないほどプレイしているので、自然に言葉が出てしまうのだ。
ああ、自分が恐ろしい……




