第十一話 フラグ
王宮のバルコニーは大理石造りでとても広かった。十分ここでも舞踏会ができそうだ。いくつかベンチが配され、夜風に当たって休憩できるようになっている。まだダンスが始まっていない今、ここにいるのは私たちだけだった。
「でもローミにこんな親しい友がいるとは聞いてなかったな。もっと早く紹介してくれればよかったのに」
ベンチに私とローミが腰掛け、正面の手すりにもたれかかるように王子が立っている。金の髪が風になびき、月の光の下で光を放って見えた。
しかしさらに美しいのはローミだ。
わたしは隣の友人を盗み見る。
まるで月の光が凝縮したようなその姿。まるで月の女神のよう。彼女の美しさは、夜空の月の下でより輝く。
「社交界デビューが終わってから、と考えておりました。
それに、かわいらしいマーレを紹介すると王子様のお心が彼女に向いてしまうのではないかと心配だったのですもの」
にっこりと笑って、ローミは言った。その様子は全くそんな事を心配しているようには見えない。
「ローミ、そんな思ってもないことを言って。王子様に失礼ですよ……」
私は咎めたものの、ローミの軽口に王子は笑って、
「ひどいなぁローミ。私をクルトのような男だと思っているの?彼よりは節操というものを持ち合わせているつもりだよ」
たいていの人間はクルト様より節操ありますもんね。
私たちは小さな声をあげて笑った。
「わたくし、お母様さっき呼ばれていたのを思い出しました。御用を聞いてすぐに戻りますので、少しお待ちになっていてください」
しばらくしてから、ローミはそういって席を立った。
……さあ、大作戦の肝ですよ。ここからの会話がローミの企て。
私が口を開こうとしたら、王子が先に話し出した。
「本当にあなたはローミと仲が良いのだね」
「あっ……、いえ、恐れ多い事です。身分が違いますし……」
大作戦を始めようとした私は、突然の言葉に気を削がれる。
「いや、少なくともローミはあなたを心からの友だと思っているはず。いまだかつて、私と家族以外に、自分を「ローミ」と呼ばせた事はないのだ」
ここからどうやって作戦通りの会話に持ち込もう……
私は少々焦っていた。予定では「本当に王子様はローミに愛されているのですね。いつも彼女はあなたのお話ばかり。王子様が私に向かって微笑んでくれた、とそれだけで大喜びですのよ。でもこの頃、ちょっと不安に思っているようなのです……あなたに他に気になる女性がいるのではないかと。王子様、ローミの不安を取り除いてあげてくださいませ」と言うつもりであった。
名付けて、『彼女の友達から彼女の本当の気持ちを聞いて、なおかつ彼女の事をお願いされちゃったら、ますます彼女の事を大切に思っちゃうだろう』大作戦。
さっきの王子様の言葉の後、「ローミの本当の気持ち」について言及するには……そうだ、まず彼女の今日の装いに触れるのだ。こんなにオシャレしたのはすべて王子様のため。本当に王子様は愛されているのですね……と続けるのだ。
私は勢い込んでいった。
「王子様、今日の彼女は本当に美しゅうございますね」
「え……ああ、ローミは美しいね」
目を細めていう。
……それだけ?もっと褒めないの?
私は王子の言葉が物足りなくて、自分が思っていることを言う。
「本当にきれい……まるで夢のようでした。彼女のたおやかな美しさは太陽の光の下はもとより夜でも輝く、まるで月の光が凝縮して人の形をとったようでしたわ。まさに月の女神。そう思われませんでした?」
私は先ほどのローミの姿を思い出し、うっとりして言った。
王子はしばらく口を開けて黙っていたが、ゆっくりと優しいほほえみを浮かべた。
「本当に……」
「そなたは上辺だけいい顔をして、陰で悪しざまに言う他の令嬢達とは違うのだな」
さて、と本題を切り出したら、ほぼ同時に王子が言った。
って、そのセリフって……
私の脳裏にゲームの画面と音声がよみがえる。イベント画面だ。これって、王子様との親密度をあげると初めて迎えるイベントが終わった後に言われるセリフだよね……フラグだよね?
王子様は優しい眼差しで私を見ている。
あれ?どうしてこうなった……。
「あ、あの。王子様……王子様は本当にローミに」
もう流れをぶった切ってでも作戦通り言ってやろう。
私がそう決意した時、にわかに大広間がざわついた。音楽隊が音出しをして、音程を合わせている。
「ああ、そろそろダンスが始まるようだね、中に戻ろうか」
もうだめだ、引き留められない……
私はふらふらと広間に戻った。
バルコニーから広間へ入る窓のカーテン。その陰にローミはいた。じっとりと横目でにらんでくる。
「あとで反省会よっ」
小声で言うと、王子と最初のダンスを踊るべく小走りで去った。
それからの事はよく覚えていない。
ダンスに誘ってきた殿方と適当に踊り、逃げるようにして帰ってきた。
反省会……私へのリンチ会ではなかろうか?恐ろしすぎる……




