政府と取引した二人
「私たちに近づく事はできません。
神の結界があります」
女が言う。その言葉に一部の者は引き下がり、先頭の者達を結界に押しつける圧力を弱めた。しかし、別の一部者はそれを確かめたく、さらに押した。
「止めなさい。
下がりなさい」
女がきつい口調で言う。
群衆たちは、自分たちにやくざたちの末路を重ね合わせ、素直に引き下がった。
「どけ!」
群衆たちをかき分け、警官達が進んできた。
警官たちも結界にぶち当たった。
「何だ、これは?」
二人に向かって、警官が怒鳴る。
「耳が遠いのですか?
さっき言ったではないですか。神の結界だと」
女が冷たい視線を向けながら言う。
「ふざけるな。
早く、この妙な仕掛けを止めるんだ」
「仕掛けなんか、ありませんよ。
私達を信じる者はそこを空けなさい」
女が警官の背後にいる者たちを指しながら、そう言った。警官達の背後にいた群衆が慌てて横にそれた。
そこに一本の空間ができた。警官たちは自分たちの背後を振り向いた。
自分達の背後には人のいない空間が道のように出来上がっている。警官たちは少し恐怖した。
しかし、引き下がるわけにはいかない。
警官たちは、もう一度怒鳴った。
「ふざけるな!」
しかし、声は震えている。顔にも恐怖が浮かんでいる。
女は横の男に目配せをした。
男はそれにうなずいた後、警官たちに向かって、手をかざした。
その瞬間、警官たちは誰もいなくなった空間を転がるように、吹き飛ばされて行った。
俺の目は点だった。
どこまでが真実で、どこからがトリックなのか。
だが、見事なまでに、大物のやくざたちを一瞬の内に血祭りに上げたのは事実のようである。
あまりの出来事に俺が固まっていると、チャイムが鳴った。
「起立!礼!着席」
授業が終わると、一時の解放感が教室を包み込み、すぐにざわつくのはいつもことだったが、今日のそれは激しかった。ほとんどの生徒が一斉に声を上げ、いくつもの集団ができあがった。
「おい。見たか?」
「これって、まじ?」
「超能力なのか?」
あちこちで同じような声があがった。
しかし、その日、騒然としたのはこの教室だけではなかった。この国全てが騒然とした雰囲気に包まれた。しかも、警察の調べでは、本当にこの本部の中の人間は全て、首を切断されて殺されていたらしかった。
これで、警察は綾菜たちを殺した犯人をほぼ断定できた訳だ。しかも、今回の襲撃では証拠も盛りだくさんで、即逮捕可能なはずだった。
ところが、この二人、名前を飯田秀治、鍵山麻代はなぜか逮捕されなかったばかりか、新興宗教を設立し、そこの教祖に納まっちまいやがった。しかも、自分たちの殺人は棚に上げ、悪は許さないとか言って、謎の能力で銀行を襲っていた連続犯の首を切断してしまった。
どちらかと言えば、世間ではこの二人を犯罪者ではなく、本当に神の使いと称賛する人の方が多いようだ。俺は納得がいかない。犯罪者ではないか。警察はなぜ捕まえようとしないのか、俺はそこのところを優奈から、優奈のお兄ちゃんに聞いてもらった。
優奈のお兄ちゃん。
優奈に近づいただけで、威嚇されかねないほどのシスコン。それだけに、優奈に対して不機嫌な態度をとったなんて事はないらしい。そんな優奈のお兄ちゃんが、食事中にその話を優奈にたずねられた時、むすっとした顔で、大きな音で箸をお茶碗の上に置いたらしかった。
それだけ、優奈のお兄ちゃんにとっても、納得いかない話なんだろう。
俺だって、その話には唖然としてしまった。
超能力としか言えない不思議な力で銀行を襲う男。赤西翼。正体も居所も分かっているが、捕まえる事ができない。何しろ、捕まえようとすれば、あの謎の力で殺されてしまうのだから。
手を焼いた警察は防衛省に話を持ちかけた。その力の謎の解明と対応に防衛省が乗り出した矢先、あの二人が政府に働きかけたらしかった。
自分たちの力を見せるので、我々と手を組まないかと。
謎の力に手をやき、犯人を野放し状態では国家の威信が保てない政府は、あの二人と組むことを決めたと言う事だった。
条件は二人が神龍興業を壊滅させて、その力を世に示す。
その力を政府が認めれば、二人は新興宗教を起こすことにする。
そして、政府側の要望に応え、悪人を退治、すなわち赤西を抹殺すると言うものだったらしい。
すなわち、相手が悪人とは言え、あの二人は政府公認で人殺しをしている事になる。人には聞こえよく感じる者もいるだろう。だが、法によらずそんな人殺しを認めていいのか?
綾菜を殺した犯人ではないか。
そう思ったが、優奈の話の続きにその解があった。
あの二人は人を殺していない事になるらしい。あの二人は単に、手を振って、首を切る仕草をしているだけである。それで、首が切断されると言う科学的根拠が無いと言う事らしかった。俺は理屈としては少し納得いく話だったが、感情的には納得なんか行くわけがない。
だったら、超能力者を裁けるような法律に改正しろよ!
と言いたいところだが、政府がその力を利用しようってんだから、そんな事をするわけがない。
とにかくだ、俺の気持ちはおさまらないが、世間の騒動はおさまり始めていた。何しろ、あの不思議な力で銀行を襲う男がいなくなった訳だし、あの二人もあの力を使うような事件を起こしてもいなかったのだから。
あの日までは。




