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俺の苦手な相手

 優奈を待って、優奈の家の前で異様にたたずむ俺。でも、それが日課となってしまっているので、行きかう人たちも俺の事を奇異な目で見たりはしない。しかし、実際のところ優奈の家の前で待つのも楽じゃない。特に暑い日、寒い日、そして今日のような雨の日。

 どんよりとした空から、激しい雨が降り続く。傘をさして、優奈の家の前で立っているだけで、足元から濡れて行く。

 早くしろよ!

 心の中で叫んでみても、優奈に届く訳もない。俺は足をゆすりながら、まだかまだかと優奈を待つ。

 ようやく、玄関のドアの向こうに人の気配を感じ、優奈が来たかと思った瞬間、俺は違和感を覚えて、一歩後ずさりしてしまった。

 それが優奈なら、「いってきまぁす」と言う声がしてから、ドアが開くはずだが、そんな声も無いままドアが開いた。

 俺の嫌な予感が的中した。

 現れたのは優奈のお兄ちゃんだった。刑事らしく、黒色の髪で、六四あたりで分けた前髪は垂れておでこの一部を隠している。優奈の面影のある大きな瞳だが、眉間にしわを寄せ、細め気味で、俺を睨むかのように、見つめている。


 「知っているだろうけど、最近この近辺では物騒な事件が起き過ぎている」


 何が言いたいんだか、分からないが、ここは事なきを得るため、俺は真剣な表情で頷いて見せた。


 「俺の大切な妹が、君と一緒にいるのは気に入らないのだが」


 そんな事、俺は知っている。これまでにも、何度不機嫌な態度をとられた事か。だが、そんな事で、優奈を諦めるほど、俺はやわじゃない。


 「一人で登校させるよりかはまだましだろう」


 まし。ましな存在なのかよ。


 「俺の妹をちゃんと守ってくれるのなら、一緒に登校するのを許してやってもいい」


 はい?優奈と一緒に登校するのに、あんたの許可がいるのかよ?

 頭の中ではかちんと来ていたが、そんな事言って、さらに優奈のお兄ちゃんとの関係をこじらせる気はないし、俺もそれほどばかじゃない。


 「分かりました。

 俺、いえ、僕、責任もって、優奈ちゃんを守ります」

 「優奈って言うな!」

 「はい。岡本さんを守ります」

 「頼んだぞ」


 優奈のお兄ちゃんはそう言って、頷いてみせた。俺はこいつの下僕じゃねぇぞ。そう思った時、そのお兄ちゃんの背後から、優奈の声がした。


 「いってきまぁす。

 お兄ちゃん、こんなところで、何しているのよ?」


 優奈が不審げな視線をお兄ちゃんに向けている。優奈だって想像がついているはずだ。この人が俺にどんな事を言っていたのか。


 「いや。お前の事が心配だから、こいつにちゃんと守ってやってくれるよう頼んでいたんじゃないか」

 「本当にぃ?」


 優奈が疑いの眼差しで、お兄ちゃんを見ながら、お兄ちゃんの背中の服を引っ張って、玄関の奥に引き戻した。

 優奈が水色の傘をさして、玄関を出てきた。俺はあのお兄ちゃんから解放され、ほっとした気分で優奈の家に背を向けた。


 「ごめんね。

 大丈夫だった?」

 「ああ」


 そう言って、歩き始めた時だった。優奈が俺の横で、うん?と言う表情をした。俺には傘を打つ雨の音で、小さなバイブ音など聞こえなかったが、優奈のポケットの中で、そいつは確かに振動したらしい。

 優奈がスマホを取り出して、画面に目をやる。


 「なんだろ?」


 そう言って、優奈が傘の柄をかしげた首と肩の間に挟みながら、スマホを操作し始めた。ペースのおちた優奈に合わせて、俺もゆっくり歩く。横目で、優奈を見ながら。


 「ねっ、これ見て!」


 優奈が勢いよく、スマホを右手に持ち変えて、俺に差し出してきた。優奈の傘の中から、俺の傘の中に移る間に打ち付けた雨粒がスマホの上に乗っていて、その文字を歪めている。

 しかし、そこに書かれていた優奈の友達がネット掲示板の書き込みとして送ってきた内容は、もっと歪んでいた。

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