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異能の犯罪者

 6月13日。午前10時32分 大和舞子信用金庫、坂上支店。


 信用金庫の片隅には何台かのATMが並んでいて、その前には列を作るためのロープが張られているが、列に並んでいる者はいない。ATMコーナーに入って来るドアのところには一人の警備員が後ろ手に組んで立っている。

 銀行の中ほどにはカウンターが設けられているが、その前に客は立っておらず、カウンターの中では、女性行員がお金の束を手にしていて、フロアには一人の男性行員が接客のため、立っていた。そして、フロアのソファでは数人の女性客が、順番を待ちながら、雑誌や携帯を手に時間を潰していた。

 カウンターの一つで、端末を叩いていた女性行員が視界が暗くなったため、顔を上げた。そこには、マスクで口元を隠した男が立っていた。


 「あの、その機械で順番をお願いします」


 女性行員はそう言いながら、カウンターの前にある機械を指さした。男はその言葉に何の反応も示さない。女性行員が男に警戒心を抱き、じっと見つめている。


 「そんな面倒な事は不要だ。

 100万でいい、すぐに出せ」


 マスク越しの低い声で、男はそう言った。

 女性行員は目の前の男の手や持ち物に視線をやり、何の武器を隠し持っているのかと探っている。ソファにいた女性客はその男の言葉に、真っ青な顔で立ち上がってじりじりと男から遠ざかり始めた。

 カウンター内の行員たちの顔色も変わった。何人かの男性行員が、女子行員の背後に駆け寄ってきて、やはりこの男は何を持っているのか、目で探りながら、丁寧に言った。


 「お客様、通帳を拝見させていただけますでしょうか?」

 「俺は100万円を下ろしに来たんじゃない。

 もらいに来たんだ」


 男が怒鳴り気味に言った時、男の背後に警備員とフロアにいた男性行員が駆け寄ってきた。

 男はその気配に気づくと、振り向き、警備員たちを睨み付けた。


 「死にたいのか!」


 そう言う男の言葉には威圧感があったが、明らかに素手にしか思えない男にひるんでいては警備にはならない。


 「一緒に来てもらおう」


 警備員がそう言って、手を伸ばした時、何かに弾き飛ばされたかのように、警備員が吹き飛んで、背後にあった壁に激突した。後頭部を壁に打ち付けた警備員はそのまま床にぐったりと倒れこんだ。

 その場に居合わせた人々は何が起きたのか分からず、行内は一瞬沈黙に包まれたが、その後大きな悲鳴が巻き起こった。

 一般の客はわれ先にと、出口をめざして逃げはじめ、カウンター内の行員たちは真っ青な顔で、目を見開いている。


 「な、な、何をした」


 男とさっき話をしていた男性行員が、男に声を震わせながら言う。


 「お前、一度死んでみる?」


 男がにやりとしながら、そう言って右手を差出し、何かを掴むような素振りをした瞬間、男性行員が胸を押さえて苦しみ始めた。


 「お前の心臓、握りつぶしてやろうか?」


 信じられない光景に、行員たちはますます真っ青になっている。


 「ま、ま、待て」


 カウンターの奥に座っていた50代半ばの男性行員が、そう言って駆け寄ってくる。

 男が掴むような素振りをしていた手を広げて、にやりとした。胸を押さえて、苦しんでいた男性行員が荒い息をしながら、床に座り込む。


 「100万円でいいんだな」


 走り寄ってきた男性行員がそう言いながら、女性行員に合図をして、100万円を用意させた。


 「ありがとうよ」


 男は100万円に手を伸ばして、それを自分のポケットに入れると、そう言った。


 「じゃ、また来るわ」


 男はそう付け加え、突然姿を消した。

 突然消えた男に、カウンターにいた行員たちは立ち上がり、男の姿を探している。奥にいた行員たちも、慌ててカウンターに走り寄り、男の姿を探す。

 しかし、男はどこにもいない。

 行員たちは夢でも見ているのではないだろうかと、顔を見合わせていた。

 男が言ったとおり、犯行はこの信用金庫を含め、いくつもの金融機関で繰り返された。

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