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俺の勝利!

 自分の家のドアの鍵なんかかけている暇はない。靴も玄関に脱ぎ散らかして、大きな足音を立てながら、二階を目指す。

 俺は自分の部屋に飛び込むと、窓を思いっきり開けた。その先には、決して真っ青な空なんか広がっていない。隣の家の壁が目の前に迫る薄暗い空間。

 俺は壁に立てかけていたプイップルワイパーを手に取ると、優奈の部屋の窓ガラスの端に押し当て、窓をずらした。俺は知っていた。優奈の部屋の窓には鍵がかかっていないことを。俺の夜這いを待っている訳じゃないだろうが。

 ぷちぷちが貼られた窓が開くと、優奈の部屋のカーテンがゆらゆらと揺らいでいる。俺は手にしていたプイップルワイパーを部屋の中に投げ捨てると、窓のふちに足をかけた。お互いの壁の距離は1mほど。優奈の部屋に飛び込むには、斜めにジャンプしなければならない。真正面に飛び込むのに比べ、難易度は高いが、決してできない事ではない。ただ、着地失敗して、地上に落ちる恐怖さえ克服すればである。

 俺は足をかけ、右腕で開けた窓を持って、飛び出す準備をした。この体勢で飛べるのか?疑問もあるが、やるっきゃない。優奈が危ない目に遭っているかもしれないのだから。

 俺は上半身を外に出した。そして、思いっきり蹴って、優奈の部屋の窓を目指した。幅跳びではなく、まるで水泳の飛び込みのように、頭から優奈の部屋の窓を目指す。俺の目の前に優奈の部屋のカーテンが近づく。

 カーテンで視界が一瞬遮られたかと思うと、優奈のベッドが目に入ってきた。


 「げへっ」


 頭から優奈のベッドの上に着地してしまった。優奈の布団に顔を押し付けたかと思うと、窓のアルミ製の枠で足を打ち付け、そのままベッドの下に落下した。いきなり大ダメージである。足は青あざか擦り傷。顔もきっと擦れて赤くなっているだろうし、胸のあたりも擦れてしまった。どれくらいのHPを消費してしまったか分からない。だが、俺は回復なんて待ってらんない。

 俺は立ち上がり、一目散に一階を目指す。


 「優奈ちゃん」


 俺は優奈を励ます意味と、優奈を襲っている者がいるとしたら、そいつに威嚇する意味から、大声で叫んだ。狭く一直線に伸びる階段を一気に駆け下りる。俺の視界に優奈の家の玄関が飛び込んできた。

 俺は一階に着くと、向きを反転させ、その先に延びるリビングへつながる廊下に視線を向けた。狭く薄暗い廊下の中で、優奈の腰のあたりに馬乗りになりながら、俺の気配に振り返っている男の姿が目に入った。


 「こんの野郎!

 俺の優奈ちゃんに何してやがんだぁ!」


 俺は怒鳴りながら、男に向かって行った。男は慌てて立ち上がり、俺を迎え撃つ体勢をとろうとした。

 しかし、そんなもの間に合わない。

 俺の怒りの蹴りが立ち上がろうとしていた男の尻の間を下から、蹴り上げた。

 男は短く醜い悲鳴を上げ、よろけ気味である。

 このまま優奈の上に倒れたら、優奈が痛い目にあうじゃねぇか。

 俺は男の右腕を掴んで、思いっきり引っ張る

 男は俺より少し小柄の170cmくらいか。

 俺に男は抗しきれず、引きずられ気味に玄関に向かって行く。

 玄関の所で俺は思いっきり、玄関のドアに向かってぶつけようと男の右腕を引っ張った。

 それと同時に、俺は右足を出して、男の足を引っかけた。

 男が玄関のドアに向かって倒れ込む。

 薄っぺらい金属に何かが当たった時のような音がした。

 男は玄関ドアのポストに、顔を打ち付けていた。

 攻撃は止めないのが一番である。

 俺はそのまま男をうつ伏せにしたまま馬乗りになった。

 右ひざのあたりで男の右腕を押え、左ひざのあたりで男の左腕を押えながら。

 男は抵抗をすぐに諦めた。

 俺としてはようやく冷静に考える時間を手に入れた。

 俺は男の上に馬乗りになったまま、体をよじって背後に目を向けた。

 廊下の片隅で、壁にもたれかかって小刻みに震えながら丸くなって、泣いている優奈の姿があった。


 「優奈ちゃん」


 俺の呼びかけが耳に届いていないらしい。何の反応も示さない。


 「優奈ちゃん」


 俺はもう一度、呼びかけた。

 びくっとして、優奈が俺を見た。


 「警察に電話してくれ」


 俺の言葉に優奈は涙を服の袖で拭って頷くと、きょろきょろと辺りを見渡しはじめた。どうやら、スマホを探しているらしい。辺りを見渡すと、玄関の中にカードが散らばっている。ガソリンスタンド、ドラッグストアのポイントカード。どうやら、今、俺の下で大人しくしているこいつの物のようである。

 その一枚の中に、岩下陽と書かれた塩見中央病院の診察券があった。こいつの名前なんだろう。

 俺が男の名前に気をとられている内に、優奈は自分のスマホを見つけ、110番した。

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