先生
5月らしい、強い日差し。
パスで染めたような青い空。
いつになく爽やかな朝。
私は吹奏楽部の朝練に出るべく、学校の誰よりも早く登校した。
「門開いてるかな。」
昇降口の扉に手をかけ、引いてみるもガタガタと音が立つだけだった。
「先生もまだ来てないのね。」
仕方なく私は玄関の前のコンクリートに座りこんだ。
なぜこんなに早く来てしまったのだろう。
腕時計に目をやると、まだ6時半だった。
朝練が始まるのは7時から。
「ここで少し音だししてるか。」
私はカバンから楽器ケースを取り出し、フルートを組み立てた。
きっちりとメモリを合わせ、準備が整った。
そして私がフルートを構えた、そのときだった。
「おい、津森!お前もう来てたのか。」
「あ、峰岸先生…。」
私の顔を覗き込むように、先生は後ろに立っていた。
若い、爽やかなスポーツマンタイプ
の峰岸先生。
昨日先生が結婚をするという知らせを聞いた。
先生のファンの子達は皆ショックを受けて、嘆き悲しんでいた。
「今日は先生が一番だと思ってたんだけどなあ。さすがにお前がいたんじゃ、煙草は吸えないなあ。」
先生はふざけたような表情を作ると、煙草を吸うような仕草をしてみせた。
「…本当に、お好きなんですね。」
先生は見た目に似合わず、煙草が好きだ。
「あ、でもお前は絶対煙草なんて吸うんじゃないぞ。百害あって一利なしだぜ。肌は汚くなるし、肺活量も落ちるし、フルートなんて吹けなくなるからな!それに、煙草は一種の麻薬だから…」
先生は云々かんぬんと煙草の害について語り始めた。
「じゃあ、なんで先生は煙草吸ってんですか!」
私は先生の言葉を遮った。
すると、先生は突然まごつき始めた。
「あ、いや、ええと…そのお…うん、なんというか、逃げなきゃいけない連中がいるのよ、うん。校長とか、教頭とか、その他色々!そいつらから逃げるため!」
先生の支離滅裂な言葉に私は首を傾げた。
「…なんですかそれ。」
「いやー、実は自分でもよくわかってないんだ、あははっ。ま、こんな大人にならないようにな!」
先生はへらへらと笑いながら頭を掻いた。
上手く逃げられたと思いつつ、
私もつられて笑ってしまった。
「さあ、もう入れるぞ。」
先生は鍵を開けると、ガラガラと扉を開いた。
「全く、お前の一生懸命さには毎回驚かされるよ。顧問の服部先生も、いつもお前は他の誰よりも早くきて、一人で練習してるって感心してたぞ。」
いつもの爽やかな笑顔が私に向けられる。
その瞬間、私の胸はズキリと痛んだ。
「あの……先生。」
「なんだ?」
「……ご結婚おめでとうございます。」
私は無理やり明るい声を作った。
「ああ、ありがとう!」
今度は照れくさそうに笑う先生。
たまらなくなり、私はスタスタと部室に急いだ。
部室の入り口には大きな鏡がある。
鏡の上には
「我が心と姿を映せ」と書いてあった。
私は鏡の前に立つと中の自分に問いかけた。
「私、上手く笑えてた?」
fin
「煙草、楽器、鏡」そして1000字という縛りで書きました。