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星来の伝説  作者: トトコ
8/11

6.日常が終わる

単調な毎日 そう言える 幸せ




空の色が、朝焼けみたいね。

星来は窓の外を眺め、淡い黄色の空の機嫌を窺った。雲は多いが雨が降る様な気配はない。

空は何処で見ても変わらない、というのはあくまであちらの世界の常識。こちらは地方によって空の色が若干変わる。太陽光の屈折で変わるのではなく、魔力の性質と密度によって変わると以前本で読んだ。それでいくと、感覚としてはここの空は赤と緑の魔力色が強い土地柄ともいえる。星来は当初、赤が炎とか青が水系の魔力を示すのかと短絡的に思ったが、色は四大元素や光闇の色を示しているのではない。

色は純粋に土地の色。その土地が長い年月をかけて育んだ環境の色だ。

ちなみに、星来の家がある怪物の森(ジュラム)に隣接する街アッダスの空は、星来にはとても馴染み深い青空だ。あのあたりは満遍なく全ての性質の魔力が分布しているらしく、空本来の色が現れるそうだ。アッダスの様な場所は珍しいと誰かから聞いた。

その色と相性のいい者はその色の魔力から通常以上の力を引き出せるが、その逆で相性が悪い場合は最悪その地では魔法が使えなくなる。人も動物も、性格も性質も得意な魔力系統も違うのに、相性の良い魔法の色が同じことがあるのは興味深い。

魔法が万能だと思っていた頃が懐かしいわ…。

確かに魔法は便利ではあるが、決して万能ではないことを、星来は実際に魔法を使用するようになって身を以て知った。まず、魔法はあちらの世界でいう超能力というよりは、身体能力や頭脳といった一般の人も持ち得る才能と同列に並ぶ第三の才能に近い。運動選手も時には転ぶこともあるし、偉い学者もたまには計算を間違えるし、世界的な歌手だって、風邪を引けばご自慢の歌声はかすっかすだ。

それらと魔法は同じだ。練習を重ねれば上達する所も同じ。使わなければ衰えてしまうのも同じだ。その時の状況や体調で、本来の能力を発揮できない不安定なもの。

でも、少し考えれば不思議でも何でもないのよね。そもそも扱う“ヒト”が不完全なんだし―


「―では、この内容で契約成立ということで。よろしく頼む」


―なんてことをつらつら考え込んでいたところを目の前の男に横槍を入れられ、星来ははっと現実に立ち返った。

リアの恋人騒動から三日。星来はドーレンという比較的大きな街にいた。旅行などではない、れっきとした“協会”の仕事である。

ドーレンはアッダスから最短でも二日はかかる少し離れた街だ。アッダスは危険なジュラムに近いという理由で武装色が強く、荒れくれ者が集うことで栄えているのに比べて、ドーレンは近辺に危険な場所はなく、役人によって整然と整えられた、如何にも洗練された都といった雰囲気が強かった。まだ見て回った訳ではないが、女性の身の回りの品揃えは、アッダスよりも豊富のようだ。なんて擦れ違う女性達の纏う衣の意匠の華やかなこと。その洗練された衣装や装飾品にうっとりし、この街で買い物をするのが今から楽しみで仕方がない。アッダス以外の街を初めて目の当たりにして、自分の世界が広がった実感を抱いた。

そのまま買い物に街へ繰り出したいところだが、生憎、今はそのドーレンの街にある“協会”の支部の一室にて、依頼主の男と顔を合わせているところだった。

しかしあまりに男の長い自慢話に、つい意識を外に飛ばしてしまったのだ。だが漸くその長話は終わったらしい。星来は仕事用の頭に切り替え、改めて恰幅のいいその中年男がこちらに寄こした契約書を一通り読み、一ヶ所を指差した。

「最初に提示してた金額より引かれてるのは何故?」

すると男は大袈裟に(かぶり)を振った。

「申し訳ないが、こちらにも色々都合があってな、これ以上は払えんのだよ」

申し訳ない、と言いつつも、そんな気持ちは全く伝わってこない態度に、星来の指がぴくりと反応した。こちらが年端も行かぬ少女と侮って金額を差し引いたのだろう。外からでは内情の見えにくい“協会”をならず者に毛の生えた粗野な野郎ばかりの集団だと偏見している者もいるくらいだ。そのような団体に所属している少女に大金を払うのを惜しんだのだろうということは簡単に推測できる。というかこのケースは珍しくない。

…こっちはペットの行方捜索に駆けずり回ったりしていというのにねっ。

星来は躊躇うことなく立ち上がった。

「では、交渉決裂ですね。この依頼は無かったことに」

そう言ってすたすたと出口に向かった星来の行動が意外だったのか、男は慌てて立ち上がった。

「待てっ、どういうことだ。契約はどうなる!」

星来は男―確かロムドと名乗っていた―を振り向くと、目下と見做していた相手に刃向かわれたと感じた為か、顔を真っ赤にしたロムドの目とかち合った。“協会”で働いて一年、今更怒りの感情とぶつかっても別に怖くはないけれど、星来は相手してあげることにした。

「契約違反をしたのは貴方よ」

「小娘風情がっ。この金額でも勿体ないくらいだ。どうせ普段は大した仕事もせず娼婦紛いの仕事でその日稼ぎしているのだからこの値段は破格だろう。そうだろう、え?」

「…最初に提示した貴方の金額も、護衛の仕事で貰う報酬の六割しかなかったんだけどなぁ」

「嘘を言うんじゃない。充分な金額だろうが。何処にお前の様な無礼な娘にそんな大金を支払うモノ好きがいる」

「どう喚いても勝手だけど、私以外に貴方の依頼を、その金額で、受けてくれる人を今から探すのは難しいと思うよ」

星来は自分の神経を必要以上に逆撫でしないように、あえてゆったりとした口調を心がけた。無礼千万とはいえ、流石に中年男を風で吹っ飛ばすのは短慮というものだ。

なのに男はそんな気遣いにも気付かずに、星来を鼻で笑った。

「は、そんな訳がなかろう。儂が金持ちだというのに目を付け、金額を釣り上げようという魂胆だろうが、その手には乗らん。“協会”は金次第でどんな依頼も引き受ける集団だというではないか」

この男も“協会”に良い印象を持っていない人の一人か。星来は特別落胆も感じず、寧ろ微かな憐みさえも湧いてきた。

「貴方はちょっぴり小金持ちなだけ。それか極度のけちんぼね」

「何だと、言わせておけば」

「そんな端金(はしたがね)にも拘らず依頼を受けてあげようかなって仏心出したのはね、貴方が新規のお客さんだということと、内容が私と同年代の女の子の護衛だったからよ。暫く一緒に旅をするなら、歳の近い女の子同士の方が不安も少ないだろうからね。たまには慈善活動をするのもいいかなって」

星来は男の言葉を遮って一息に言いきった。

“協会”で働くようになって一年、けれどまともに対人関係を築くようになったのは、つまり清掃関連以外の仕事をするようになったのは、ここ半年のことだ。その僅かな日数でも本当に毎日怒涛のように色々な経験を積んだけれど、活動したのはアッダス中心で、それ以外でもほんの数時間で辿り着ける近隣の街の依頼を数えるほどしか受けたことがなかった。

そうしたのはリアの意向だった。まずは近場で知恵と知識を蓄えろという彼の教育方針に、星来も納得して従った結果だ。


その彼が三日前、ついにその制約を解いた。そろそろ外の街を見に行ってもいいだろうと。


突然の通達に驚いたものの意外には思わなかった。仕事のノウハウを自分なりに身に付け、近頃自分の実力が外でも通じるのか試したい衝動にかられるようになった。アッダスは危険な仕事も多かったが、外はもっと危険で難しい、だけどそれだけやりがいのある仕事がきっとある。私の考えていることを簡単に察するリアだ。外の世界を見たいと願うその思いが届いたのだろうと。

リアの薦めもあって、手始めに簡単そうな仕事を選ぼうとした際、この依頼が目に入った。

内容は依頼主とその娘を王都フェイムまで護衛すること。星来は王都に行ったことがないから良い機会だと思い、そして依頼主は新規だということで今回は金額を大目に見て引き受けようと思ったのだ。依頼主と対面するまでは。


“協会”は男の思う様な荒れくれが集う烏合の衆ではない。身内の競争は激しいが、依頼に対してはきちんと信頼を勝ち取っているのだ。でなければ、ここまで組織を大きくできなかっただろうし、王族からの依頼が来るはずもない。なのに、こなす仕事の中にはお上品な方々からは野蛮と思われる様な仕事も一部にはあって、その一部の仕事の所為で“協会”全体がそういった傭兵や冒険者のような扱いを受けることが多々ある。どうしても目立つ活動の方が人の目に留まるのは仕方がないが、女性の組員を出張娼婦の様に嘲るのは許し難い侮辱だ。


「私は貴方の召使いじゃないもの。貴方の命令を聞く義務はないし、気に入らなければ依頼を蹴るだけ」

この世界には職業の自由なんて思想さえ、根付いていないのだろうなと思いながら言った言葉は、やはり目の前の男には通じない。

「この小娘、儂を誰だと思っている! 儂に逆らえばお前はこの街にいられなくなろうぞ」

恫喝はあちらでは罪になるのに、こちらでは訴える場所が無いも同然。だが星来は怯えたり泣き寝入りする性質ではない。

「……その程度の金しか出せない貴方に出来るならどうぞご自由に。では、これで」

そもそもこの街の住民でもないしね。

星来とロムドは対等で、このように高圧的な態度を取られる謂われは無い。あちらは金を払う客だが、こちらは危険な仕事を引き受けて“あげている”のだ。

魔法は万能でなく、『瞬間移動』なんて便利なものは存在しない。精々速度を上げる程度だ。地道に進む王都への道のりを護衛として進むからには、猛獣や盗賊の危険を前面に立って対処しなければならない。その命の危険を縁も所縁もない他人の為に引き受けるのだから、たとえ大金を積まれたとしても、下に見られたら不愉快に決まっている。

「ま…待てと言っている! 仕方がない、今回は特別にこの値の二倍出してやろう」

「結構よ。今回は金額の問題じゃないの」

お前の態度が気に食わないだけだ、ということを教えてやるほど星来は優しくない。

この男はそれなりの家柄らしく、王城で開かれる祭典に出席する為に王都に行きたかったらしい。そこに年頃の娘を連れていくということは、言わずもがな、娘の良縁を狙った野心があるからだ。ロムドの必死さが、娘を良い家に嫁がせたい親心の為ならば星来は大目に見ただろうが、男の態度からあまりその良心は期待できそうもない。

「…貴方が何人も依頼を断られているの、分かった気がするわ」

心許無い財政、高圧な態度。これに乗ってくれるのは心底お金に困っている人か、金だけで動く本物のならず者だけだろう。

星来はまだ何事が喚くロムドを一人部屋に残し、“協会”支部を後にした。



「あーーーいらいらする!」

無駄な時間を過ごし、大分機嫌がよろしくない状態となってしまった星来は、気分転換を兼ねて思いきり買い物をすることにした。

はるばる二日もかかる街まで足を伸ばしたのだ。このドーレンの街の美味しい物や綺麗な衣装を物色しなければ勿体ない。珍しくはないが、不愉快な経験をした後はやはり憂さ晴らしが必要だ。

それを免罪符に街に飛び出してからは我武者羅に色々店を見て回った。可愛いスカートドレス、仕事用の新しいロングパンツ、綺麗な髪飾り、それからブーツにサンダル。まだ完全に文字を覚えた訳ではないが、簡単な言葉なら分かる。石のお陰で買い物に支障がないのは有り難いが、単語一つ一つがこちらとあちらとでは当然だが全く異なることに未だ違和感が拭えない。

そう、違和感がまだ、抜けないのだ。

「………」

急激に、ここにいる自分が場違いである感覚に襲われ、星来はそっと髪を撫でた。あれからずっと茶色に見せているが緑色に染まった己の髪。

あの日リアに出会い、訳も分からない内に風を使う力を得て、そして世間知らずなまま生きる為に働いた日々。

なぜ急に思い出してしまったのか。慣れぬ土地に来て、黄色い空を見上げ、改めて異世界に迷い込んでしまったことを思い知ったからだろうか。

通じない自分の常識。万が一の保証など何もない生活。何処に潜むか分からない猛獣。安全に口に出来る物かを確認しながらとった食事は美味しく感じられなかった。

あちらでも国外の水には気を付けなければならないのが常識だったのだ。異世界なら尚更。当初はリアがうんざりするほど食材を一々訊ねまくったものだ。

リアの顔が思い浮かび、少し落ち着いた。おばあちゃんだけでなく、彼への土産を検討したくなった。リアはともかく星来はずっとアッダス周辺から出たことはなかったから、遠出した先の土産なんて物は渡したことがない。

「…こんなのなんて、良いかも」

星来は今見て回ったばかりの雑貨屋をもう一回りして、一つのロケットを見つけた。それはふたの部分がリアの瞳と同じ藍色の石―ラピスラズリの様な色合いだ―でできており、蔦模様が施され実を模した小さな色石が嵌めこまれていた。美しく繊細な意匠だが男がぶら下げていてもおかしくない。これを首に下げているリアの姿を思い描く。良く似合いそうだ。手が込んであるだけあって少々値が張ったが、これまで色々お世話になっていることを思えば何でもない。

たとえ、同じだけ―主に女性関連で―迷惑を被っているとしても。


「…さて、これからどうしよう」

ロケットの代金を払って店を出た星来は仕事のことを考えた。先程のロムドの依頼を受けて王都まで行くつもりでこの街に来たのだ。買い物だけして一銭も稼がずには帰れない。ここで別の仕事を見つけるか、ロムドが出席するつもりの祭典を見学がてら単身王都に行って、そこで美味しい仕事を見つけてひと稼ぎするのもいい。いつもの生活資金に直結する切実な金勘定も、何だかいつもより楽しい。ちょっとした旅行気分の解放感が味わわせるのかもしれない。

「おばあちゃんのお土産ももっと見繕うかな」

今日の夕方にでも“協会”に戻って依頼の掲示板を覗いてみよう。

ある程度の目途が立ち、すっかり機嫌の直った星来は鼻歌を歌いながら買い物を再開した。









俄かに外が騒がしくなったのは、多数の買い物袋や箱が星来の足元に積まれた頃だった。


その時、星来は休憩を兼ねて王都でも今人気だというお茶とお菓子を堪能しているところだった。

どうせ物盗りか幻獣が街に出現したのだろうと、さして興味が湧かずにおやつに集中しようとした星来の耳に、騒々しい中に不穏な言葉を拾った。

「大変だ! アッダスの方が――で、―――!」

この世界における故郷ともいえる街の名を聞きつけ、星来の手が止まった。

「空が暗く――――、魔獣達が――」


……何ですって?


嫌な予感がして、お菓子を一呑みして適当な通行人を捕まえて騒ぎの原因を問い質した。

「ねえ、さっきからアッダスがどうとか騒がれているけど、何かあったの?」

「あ、ああ…それがよく分かんねぇんだが…突然大量の魔獣達がアッダスを襲撃したらしい。既に死傷者も多く出ているって…噂じゃ魔獣共はこっちにも向かっているとか…あんたも早く逃げないと…」


そこまで聞いて星来はその通行人を離し、買い込んだ荷物を風で縛り背負いこめるように纏めるとドーレン関門に向かって駆けだした。走っている間にも聞こえてくるアッダスの異変。何が起こっているかは詳細は分からないけれど、まずい状況であることは理解できた。


…リア達は無事かしら。


星来は持ち得る魔力を全て足へ集結させ、逸る気持ちのままにアッダスまで疾走した。






活動報告にてお知らせあり。


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