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星来の伝説  作者: トトコ
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4.要は、初めての仕事が便所掃除だったということ。

「――なぁんてことあったわよね」


それほど遠くはない過去を思い出していた星来は、波打つパスタの隙間に、フォークを力強く突き刺した。

「いきなり何だ」

「私達が初めて会った日のことを思い出していたの。あの時からリアはいけすかない奴だったなぁって」

「酷い言われ様だな。命の恩人にして仕事も斡旋してやった俺は、大恩人だろう?」

「ここの通貨を持ってないことが分かりきってる相手にお金を要求したくせに」

「半額以上を値切った奴が何言ってんだか」

「始めに三倍の値を吹っ掛けた奴が何言ってんだか」

「……髪を誤魔化すのも、手伝ってやっただろうが」






突然の暴挙の制裁として、リアの頬に一発お見舞いしてやった後、星来は紅葉型に頬を染めたリアを引きずって我が家まで戻った。

しかし、そのまま戻る訳にはいかなかった。出ていく前は普通の茶髪だったのが、どういう訳か鮮やかな新緑色に染まっているのだから。

上手い言い訳が思い浮かばない以上、余計な心配をかけない為にもどうにかして誤魔化す必要があった。怪物に襲われて精神的に余裕もない。そんな星来に助け船を出したのはリア。

〈髪を染めればいいだろう〉

〈…何の道具も無いじゃん〉

〈本当に染めるならな。だけど一時幻を見せるだけなら、闇属性のを少しばかり使えるなら誰でも出来る〉

またファンタジーな用語が出てきたと、星来は心の中で顔を顰めたが、彼は構わず続けた。

〈ちなみに、俺は闇も使える。……、ほら〉

リアが小さく何事かを呟いて星来の髪を一撫ですると、星来の髪色が茶色に変色した。驚いて髪の一房を目の前に翳すと、そっくりそのまま元の色、とはいかないまでも、不審に思われない程度には目立たない茶色になっていた。違和感はあるが、緑色よりは断然マシである。

〈…茶色だわ〉

〈そう見せかけているだけだ。俺の集中力が途切れれば消え去る淡い幻〉

〈…魔法って便利ね〉

目の前で実際にやられてしまうと、無闇に魔法を否定出来なくなる。まだリアをただの手品師なんじゃないか、という疑惑は拭えないが、リアの言葉を頭から疑ってかかろうとする意識は薄れた。そんな星来にリアは笑った。

〈便利に使えるかどうかは、本人の力量次第だな〉


そんなこんなでその日は祖母の眼を誤魔化すことに成功し、何事もなく祖母の無事を確認することが出来たのだが、問題はまだ片付いたわけではない。

ここに来て、すぐに帰れない以上、安全と、ここで暮らす糧を得なければならない。

リアの話を聞く限りでは、生活保護なんて民に優しい制度は無さそうだし、星来の国の通貨は使えないみたいだ。

いくら数日分の食糧があるとはいえ、冷蔵庫が使えなくなった今、早期に食糧調達に走らなければならない。災害用にと備えていた硬い保存食なんて祖母に食べさせられない。

その不安を取り除いたのはまたしてもリア。約束通り仕事を斡旋してくれた。


…のだが。


仕事のことにはとても感謝している。星来達が慣れぬ地で不自由なく過ごせるように手を尽くしてくれたリアには、後日きちんと迷惑料を含んだ料金の他に、個人的に彼へ精一杯の恩返しをした。

だけど…

「…初めての仕事が、お手洗いの掃除は無いでしょうよ」

一応、食事中ともあって言葉を選んだ。

「仕事にケチつけるなよ。ちゃんと給料の貰える仕事にありつけるだけ幸運だろ」

リアはほつれて前に垂れてきた星来の髪を腕を伸ばして払った。

「勿論、仕事に貴賎はないから仕事内容に文句はないの。でもね、私は仕事を通じてここで暮らすのに有益な情報も欲しかったの!」

収入を得る為なら、便所掃除だろうが、煙突掃除だろうが、害虫駆除だろうが、あまり人が好まない仕事だって喜んでやる。だけど、どうせなら一石二鳥を得たいと思うのは自然な成り行きではないのだろうか。リアが紹介した便所掃除は、情報を得るに乏しい職場だったのだ。あまり人の出入りのない手洗い場の掃除ほど孤独な時間はなく、時たま様子を見に来きてくれたリアから必要な情報を得るしかなかった。

今でこそ、リアと肩を並べる程に“協会”でならず者を捕縛する仕事をして、色々な人達と接することに不自由なく振る舞える星来であるが、ここに来て二月程は人との触れ合いは祖母とリアに限定されていた。一刻も早く街に馴染んで、帰る方法を探したいと焦燥感を抱いていただけに、ここに馴染むのに遠回りをした気分だ。

「あまり人の出入りがない分、汚れも少ないから、初仕事としては良いかと思ったんだがな」

リアは自分の皿にあった星来の好きな果物を星来の皿の隅に放る。星来は空になった二人分のカップにお茶を注いぎながらぼやいた。

「どうせなら鼻がもげるくらい臭くて汚かったら良かったわよ。やりがいがあって」

「…逞しいな。ま、風の使い方を学ぶのにも良かっただろ? 人がいなくて気がねなく練習が出来たんだし」

「…まあ、それは」

星来の皿からパスタの具材の肉片を失敬するリアを、特に阻害するでもなく眺めていると、



「―――さっきから、私を無視するんじゃないわよ!!」



甲高い叫び声を上げた女性に、リアは口に放り込ん肉を咀嚼しながらちらりと横を見た。

「………お前か」

その瞳からは感情が読み取れない。一方、星来は愛想に良い笑みを浮かべて自分達の座るテーブルの脇に立つ女に向き合った。

「あら、こないだのお団子頭の子ね。何の用?」


便所掃除の話題に盛り上がる若い男女は、傍から見たら非常に奇異だが、行き付けの店の中にはそんなことを気にする者はいない。もっと言えば、二人でいる所に他の誰かが凄い剣幕で割り込んでくる光景も、最近では見慣れたものだという。


星来にとってそういう認識をもってもらえるのは有り難かった。店の中で自分に向かって好意的でない言葉を大声で叫ばれれば、自分も一緒に悪目立ちしてしまうからだ。

笑いかけた星来に向かって、その女性は忌々しそうに噛み付いてきた。

「あんたね、リアにべたべたするんじゃないって言ったじゃない!」

「了承した覚えはないけど?」

「人の恋人を盗っておいて、しゃあしゃあとっ…あんたには恥じってもんがないのっ!?」

「私とリアは別に恋人じゃないって言ってんのに、いい加減人の話を聞かない人ね」

だが、理不尽な人間は理屈など通じない。特に、感情が爆発した時は。恋人に近づくなと忠告したばかりの女が、その恋人と仲良く食事をしている光景は、許しがたい裏切り行為なのだろう。

「知ってんのよ、あんたにも恋人がいるってこと。男がいる癖に、他の男にも色目使うなんてとんだアバズレだわ! ちょっと顔がいいからって調子に乗るんじゃないわよっ」

テーブルに手を着き、星来の顔を覗きこんで勝ち誇ったように言う。しかし、星来には何の痛手もない。

「誰でも知ってることよ」

何を今更、という呆れの眼は、女を逆上させるのに十分で。

とうとう女は星来に手を出そうとした。星来に向かって繰り出された手がまっすぐに星来に降り降ろされる。


―ばしゃん


「熱っ!」

しかしその手は星来には届かなかった。星来の反対側から熱い湯がぶっ掛けられたのだ。

「俺の前でセイラに手を出すとはいい度胸だ」

カップを手に持ったままのリアが言う。平常通りの声は、この場では余計に恐ろしい。女は濡れた髪を横に払い、リアに顔を向けた。

「だって! リアも悪いのよ。私という者がありながら…」

「俺のすることに口出ししない、他に女がいてもいいと、お前が言った気がするんだがな…」

「だって…」

哀しげに俯く女はなかなか愛嬌もあって美しい容姿をしている。だが、リアは心動かされた様子はない。星来は興味が失せてしまい、肩を竦めて食事に戻った。パスタがのびたら不味くなるのはこっちの世界でも一緒だ。

「それに、セイラに近づいた時点で、お前は俺の女から外れている。そういう約束だったな」

「ご、ごめんなさい! もうこいつに近づかないから、それだけは…」

「…こいつ、ねえ」

「あ、その」

修羅場というよりは、一方的に別れを突きつけられている。結婚と違って、ただの恋人という関係は一方が冷めればそこで終了なのだ。

何て脆い関係。

脆い関係にすがる彼女の足場はまるでサラサラの砂のよう。星来はフォーク(我が家からの持参)にパスタを巻きつけながら無感動に女性の涙を眺める。

周囲は淡々と恋人だった彼女に言葉を紡ぐリアに、時折ちらりと好奇の目を向けるだけで、後はそれぞれの会話に戻っていく。見慣れた光景なのだ。今回はリアだったが、前回は星来の恋人が乗り込んできた。結末は、目の前の女と同じ。


いつもの光景だ。ありきたり過ぎてつまらないとさえ、星来は思う。


何人の互いの恋人が星来とリアにフられてきたのだろう。ここに乗り込む前に破局した者を含めれば、二人合わせれば二桁を超えるだろう。

自分で言うのも何だが、星来の容姿は目の前の女よりも優れている。国や時代によって美の価値観は変わるというが、この世界のこの時代においても、自分の容姿は通用するらしいのだ。だから、少しずつ他の人と接し、出会いも増えていくにつれて、声をかけられることが増えた。それに星来は応えた。年頃の少女にとって恋愛はとても甘くて刺激的で、非情に興味をそそられる遊戯だったからだ。


そう。遊戯だ。


甘い空気を楽しみはしても、それにのめり込むことは決してないのだと気付くのに時間はかからなかった。

始めてリアと恋人を秤にかけた時、かけた瞬間、迷う間もなく恋人のはかりが上に浮かび上がった。リアも同じだろう。問う間でもなくそう思えるだけの繋がりが二人の間にはあった。

どうして一年そこそこの付き合いでしかないリアとこんな関係になったかは分からないが、まあ、ウマが合ったのだろう。

恋人よりも優先される存在が疎ましいというのは分かる。自分を優先しろという主張も理解出来る。

だけど、それを改めるつもりは、ない。星来達にとって、恋人は何事も最優先してもらえる立場と同義ではないのだから。

なら、恋人を作らなければいいとは思うが、誰と恋愛をしようが本人の勝手である。恋人との関係を出来るだけ長くかつ良好に築く為に、リアも星来も“他を優先してもいい”という者だけを相手にしてきたのだが、やはり欲が出てくるのだろう、時々契約違反者が出てくる。





「――で、お前いつまでここにいるの?」

「…え?」

「食事の邪魔なんだけど」

ぼんやりと考えていた星来の耳に、さっさと女を追い払おうとするリアの声が耳に滑り込んだ。恋人に誠実でないリアの説教なんか受けたくないよね、と自分のことは棚に上げて思った。


唇を噛んで走り去る女のことなど、二人とも既に頭にない。何事もなかったかのように再び向かい合って食事を再開したのだが。

「…冷めてる」

リアが眉を顰めた。

「新しいの頼む?」

「いや、いい」

ふぅん、と呟き、星来はリアが放った果物を口に含んだ。



いつもの、心地よい空間だった。




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