序章.星が来る
『夢の旅人』に出てくる彼らのかつてのお話ですが、『夢の旅人』を読まなくても、読むにあたって差し障りありません。
一つの命が、その日産声をあげた。
男はその夜、生まれたての赤ん坊を腕に抱き、滝の様に流れる星を見上げていた。
まるで赤ん坊を祝福するかのように降る星を眺めていると、唐突に娘の名前を思いついた。
星が、来る。
なんだ、命名ノートを候補名で埋め尽くすまでもなかったな。
「星のように自ら輝いて、そして、出来れば色んな人を導けるような、そんな娘に育ってくれたらいいよね」
その昔、旅人は星を読んで方角を知ったという。この子も、そんな子になると良い。
今日の自分はずいぶんと詩人だなぁ。
一人小さく笑いしながら、しかしたまにはこんな気分も悪くないと思う。
なにせ今日はめでたい日だ。
妻と共に待ち望んだ、初めての子。
出産直後で疲れて眠っている妻にかわって抱いている我が子に語りかける。
「星来。お前の名は星来だよ」
記録的な流星群が君を祝福してくれた。こんなにも綺麗な星が、君に名前をくれたんだ。
まだ口どころか目さえ開かない赤ん坊にそっと語りかける。
この名前が、この子にとてもぴったりと馴染んだのに対し、自分で呟いておきながらも驚く。
この名は、生まれる前から決まっていたかのような…。
「…て、今日の俺はどれだけ詩人なんだよ」
いや、悪くないんだけども。
小さく浮かぶ笑みがいよいよ苦笑に変わる。赤ん坊が身じろぎしたので優しく揺すってやる。
「星来」
決まったばかりの名前を呼び、そっと赤ん坊の背を数度叩く。手が伸びてきたので、指先を差し出せば、きゅっと握る娘の手。それだけで、自分を幸せの湯船に浸からせてくれる最愛の娘。
僅かに開く目の形は妻似で、口元とまだ産毛がふわふわした髪質は自分に似た。
「良いとこどりじゃないか、え? 将来の美少女さん?」
謀らずも両親の良い所を受け継いだ娘。早くも将来が楽しみであり、心配だ、と妻が聞けば呆れるようなことを真面目に思う。
何はともあれ、今日は人生で最高の日だ。少しくらい浮かれても許される。妻が起きたら真っ先に娘の名前を教えてあげよう。
「なあ星来。お前はどんな人生を歩むんだろうね?」
その答えは父親である自分も、そして当人たる赤ん坊も知らない。
少しでも長く見守れたらいい。見たいものは娘の幸せ。だから自分でもぎ取れるくらい、強くなっておくれよ。
彼はもう一度見上げた。娘を祝福する、無数に降り注ぐ星屑の滝を。