表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/19

第九話 揺らぐ仮面と囁かれる名

 風が鳴っていた。

 音もなく、冷たく、まるで俺の存在を押し流すように。


 街の片隅で石造りの水路に腰をかけ、俺は空を見上げていた。

 ……本当に、これでよかったのだろうか。


 《棘抱く者(ソーンベアラー)》との邂逅から数日が経つ。

 《嫉妬》の継承者が俺を探していたという事は、また別の継承者にも俺が探されているのかもしれない。

 ならば、ロカもいずれ魔力の痕跡を辿り、俺の前に立ちはだかるかもしれないのだろう。


「カイさん、こんなところで何してるの? 依頼出てるって、トゥリスが呼んでたよ」


 明るい声に振り返ると、ハイダが手を振っていた。

 あの一件以来、俺の単独行動が増えたので手伝いに行くのは減ったが、街での付き合いは続いている。


「……ああ、今行く」


 思考を止め、ハイダの元へと歩いていく。

 それでも少し気になる事がある。


 あの瞳は、俺の本質を見ていた気がする。

 少女の、あの虚ろで鋭い視線がまだ焼き付いていた。


「ところでさ、聞いた? 北の関所近くで、火を扱う男が一人で盗賊団を潰したって」


 ハイダがそう囁いた。


「炎の拳で、十数人を一撃で沈めたとか……?」


「へえ。すごいな」


 俺はなるべく無関心を装う。


 だが、どう考えても分かるように、その話は俺のことだ。

 討伐依頼中、たまたま通りがかった馬車を襲っている盗賊がいたのだ。

 奴らが一般人を人質に取ろうとした瞬間――俺は抑えきれなかった。


 ……制御が、まだ甘い。

 《憤怒》の力は、常に暴れたがっている。


「でもさ……なんか、妙だよね。最近、そういう噂ばっかり」


「噂?」


「うん。どこかの街で、“棘を纏った少女が魔物を操ってた”とか、“顔を隠した剣士が魔力の化け物と戦った”とか」


 ハイダの言葉に、俺は目を伏せた。


 何であいつはそんなバレるように動いているんだ……。

 まあ、俺と違って隠すものが無いのかもな。


 そんな時、ギルドから一人の伝令が飛び込んできた。


「非常招集! 西門近くの森で、高等魔獣の痕跡を確認! 有志はすぐに集合を!」


 その場にいた冒険者たちが騒めいた。


 高等魔獣。

 それは、ただの魔物ではない。

 力ある感情か、あるいは強力な魔力を“核”として進化した存在だ。


 俺の胸が騒ぐ。

 まさか……。


 まさか、また“継承者”が動いたのか?

 あるいは――《棘抱く者》が。


 思考を切り上げ、俺は走り出した。


 目的は一つ。

 誰かを守るためでも、正義のためでもない。


 ただ、俺の怒りが騒ぐ方向へと。



 西門の外、鬱蒼とした森の中。


 濃く漂う魔素の気配が、空気を澱ませていた。

 枝葉が不自然に歪み、動物の声すら聞こえない。


 ――異常だ。


 俺は気配を辿りながら、無意識に拳を握りしめていた。


 気付けば、他の冒険者たちははるか後方にいる。

 誰かが足を止める度、俺は更に奥へと進んでいた。


 ……怒りが疼く。

 胸の奥で燃えるものがある。

 獣の咆哮に似た、うねる衝動が、足を速める。


 その時――

 視界の奥に、現れた。


 空間をゆがめるような黒い瘴気に包まれた、四足の獣。

 だが、ただの魔獣ではない。

 瞳には人のような知性が宿り、その額には――“棘の紋章”。


「……《棘抱く者(ソーンベアラー)》」


 声に出した瞬間、獣がこちらを睨んだ。

 いや、獣ではない。

 これは恐らく、造られた獣。

 誰かに憑かれ、強化された高等魔獣だ。


 魔素を凝縮させたような鎖が四肢を繋ぎ、その中心に浮かぶ魔石が、嫉妬の色に濁っている。


 そしてその魔石から声が聞こえた。


『……貴方が、見てくれた。私を、認めてくれたのに……。貴方の隣には私しかいれない』


 耳に直接囁きかけるような、女の声。

 あの少女の声だ。


『どうして、あの時、トドメを刺さなかったの? それは……情? 哀れみ? それとも――』


「……違うさ」


 《怒剣ラグナ・レイジ》を取り出し、構える。


「それは、お前がまだ戻れると思ったからだ。……だが今、それを裏切るなら」


 地面を蹴り、俺は一気に距離を詰めた。


 高等魔獣――否、《嫉妬に堕ちた獣》が、咆哮を上げる。

 茨のような魔力が飛び交い、地面を裂く。


 剣に憤怒を宿す。

 真っ直ぐに斬りかかり、一刀両断しようとする。


 しかし、中々に固く、少し切りこみが入ったくらいだ。


「チッ。そう簡単にはいかねえか」


 一旦距離を取り直す。

 不意に魔石の輝きが増し、再び声が響いた。


『痛い……苦しい……でも、貴方が見てくれるなら、それで良い。』


 狂気すら孕んだ想い。

 その一言が、俺の怒りを――鈍らせた。


 ……違う。

 これは怒りじゃない。

 ……俺が、揺らいでる。


 その一瞬の隙に、獣が跳びかかる。


「ッ――!」


 鋭い爪が肩を裂き、熱が迸る。

 俺は後退しながら、《怒炎顕現(インパルスフレア)》を展開。

 周囲を遮断する。


 ……中途半端は命取りだ。

 もう一度、柄をしかと握る。


 ――だが。

 その時、森の奥から飛び込んできた一人の影があった。


 黒髪の少女。

 肩を切るような短髪に、以前よりも鋭さを増した瞳。


「……勝手に終わらせないでよ」


 少女――《棘抱くソーンベアラー》が、獣の前に立ちはだかった。


「それは……私じゃない。“私の残骸”」


 そう言って、腕を伸ばす。


 魔石が共鳴し、獣が苦悶の声をあげた。


「抑えられるうちに……早く、壊して」


「お前、何を――」


「あれは多分、私の嫉妬が生んだ化け物。あなたを見失った時に、魔力が勝手に形を持ったみたい」


 肩で息をしながらも、彼女の瞳は真っ直ぐだった。


「お願い、カイ――いや、ルクス」


 その名を口にされ息を呑む。


「……何故、俺の名前を」


「前、一瞬だけ貴方と繋がれた気がした時に、なんとなく分かった。貴方の感じた気持ちも、覚悟も、ちょっとだけ」


 その言葉に、思わず口元が緩んだ。


「……そうかよ。なら――一発で決める」


 魔力を練り、剣に纏う《怒炎顕現》の火力を高めていく。

 すると、怒剣から声が聞こえてくる。


『憤怒の継承者よ。汝の怒りは、次なる段階へと至った』


 怒剣から黒炎が噴き出した。

 魔力濃度が高くなり、威力が上がったように思う。


「ハハッ、これならやれそうだ」


「ルクス、早くして……」


「あっ、すまん」


 新たな力を前に、少し自分の世界に没頭していた。

 さあ、お試しといこうか。


 魔獣の核は見えている。

 動きは少女が止めてくれている。

 ミスは有り得ない。


「オラァッ!」


 渾身の一撃が、嫉妬の魔石ごと魔獣を切断した。


 数瞬遅れて爆風が吹き荒れ、炎が森を焼く。

 そして、静寂が訪れた。


 獣は砕け散り、残されたのは――少女ただ一人。


 彼女は膝をつき、それでも笑っていた。


「……やっぱり。あなたは、私を見てくれる」


「……俺に着いてきてたのか?」


「ううん、偶々。……だけど、“あの時”逃げたこと、ずっと後悔してたの」


 立ち上がり、歩み寄る彼女。

 その手には、もう茨も、魔力もない。


「でも、次に同じことがあったら……私、ちゃんと隣にいるから」


 囁くように言った彼女の瞳には、確かに“嫉妬”だけではない何かが宿っていた。

 まあ、俺には何を言っているんだかさっぱりだが。




 しかし邪魔なので、引っぺがして放置していく事にした。

 流石に目立つ。

 勿論、炎も消化しておいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ