第八話 《嫉妬》との邂逅
ハイダ達には俺については何も言わないよう、そしてギルドには魔物はいたが、相変わらず反応せず森へ走って行ったと報告するように言った。
三人共事情を察して、その通りにすると約束してもらった。
そして俺は今〈ガルツァの谷〉と呼ばれる地へ向かっている。
谷は元々、封じられた魔物の遺跡があるとして立ち入りが制限されていた。
しかし最近になって異常魔力反応が検出されたとのことで、ギルドに調査依頼が出されていた。
俺はそれに単独で応じた。
情報によれば、谷には魔獣ではなく異質な存在が棲みついているという。
「……気配が濃くなってきたな」
谷底に近づくにつれ、空気が重たく、湿ってくる。
魔力ではない。
もっと感情に近い――そう、“憎しみ”のようなものが漂っている。
怒りとは違う……これは、妬みや後悔……か?
足元の地面がざらつく。
見れば、魔法で焼け焦げた痕がある。
誰かがここで戦闘を行った。
そして、その誰かの魔力は今もこの地に染み込んでいた。
とりあえず魔力の痕跡を辿り、記録していく。
やがて、俺の視界に一人の少女が現れた。
見た感じ年齢は十代後半といったところか。
くすんだ緑のローブに身を包み、長く乱れた黒髪が肩にかかっている。
瞳の奥は虚ろで、皮膚には薄く魔力の文様が浮かんでいた。
俺には分かる。
いや、俺の《憤怒》がそう言っている。
――この少女もまた、継承者だ。
「お前……この地で、何をしている?」
俺が問いかけると、少女は反応を示さず、ただ呟いた。
「……私は、貴方を探していたの」
「俺を? 何故だ」
「《憤怒》が私に何を齎すのか、知るために」
「そうか。単刀直入に聞こう。お前は俺の敵か?」
少女の目的は分からないが、今ここで相対すべきかを問う。
「多分、違う。でも、もしかしたらそうかも」
少女から敵意は確かに感じられなかった。
であるとすれば、本当に《憤怒》について確かめに来たのか?
「貴方と戦えば、私は私を知れるのかも……?」
そう少女が呟いた瞬間に、少女から魔力が溢れ出す。
同時に《憤怒》が敵意を感じ取った。
「お前は何故その能力を得た?」
「……全部、奪われた……わたしの立場も、評価も……全部、アイツが」
その声には、深い怨嗟が混じっていた。
少し理性を奪われているようにも感じる。
「お前は、誰だ?」
「わたし……? ……《棘抱く者》」
名を名乗らず、ただその肩書だけを語った少女。
そしてその身に宿る魔力が、一瞬で炸裂する。
地面を穿ち、周囲の空間が歪む。
空気が捻じれ、黒い茨のような魔力の塊が俺に向かって放たれた。
「……ッ!」
俺は即座に跳躍して回避する。
この力は……ただの魔法ではない。
感情――嫉妬が、具現化している。
やはり、こいつも“選ばれし者”。
そう確信した瞬間、少女の瞳にようやく焦点が宿った。
「……お前も、持ってるんだろう? 対価として得た力を。」
確認として少女に聞いてみる。
だが、次の瞬間――
「なら、消えてよ」
返答は攻撃となって返ってくる。
話も噛み合っていない。
理性を奪われている。
地面から幾重もの嫉妬の鎖が出現し、俺を拘束しようと伸びてくる。
魔力の重さが違う。
一発一発が感情の奔流で、制御などされていない。
だが、それ故に――威力だけはとてつもない。
とりあえずは後退し回避する。
拳を握り、怒りの火を灯す。
「……お前の嫉妬を否定する気はない。けどな――」
身体から憤怒の炎が噴き上がる。
俺の心に宿した火を消そうというのならば、それは敵だ。
「怒りもまた、俺の存在理由だ」
次の瞬間、地面が砕け、戦場は灼熱に染まった。
「……怒りを、持っているのね」
少女の声は、まるで独白のように静かだった。
黒髪が揺れ、虚ろだった瞳に微かな嫉妬の光が灯る。
「それでも……貴方は、全てを奪われていない」
地を這うように現れた魔力の鎖――嫉妬の茨が、俺を包囲する。
その数、十、二十ではきかない。
嫉妬の感情が暴走し、魔力を際限なく引き出している。
「お前も、奪われたんだな。《棘抱く者》……」
同情するようなその言葉に、少女の肩がピクリと動いた。
「ごめんなさい。貴方も絶望の深潭を経験していたのね」
彼女の口元にかすかな笑みが浮かぶ。
だがそれは、喜びではない。
哀しみ、諦め、そして深い妬みの混ざった――痛みの笑み。
「貴方の名前を教えてよ」
こいつからどんな情報が流出するか分からない。
とりあえずはカイと教えておくべきだろう。
「カイだ」
「ねぇ、カイ。本当の名は?」
その核心を突いた問いに、俺は一拍置いてから首を横に振った。
「俺の名は関係無いだろう。ただ……ここで、お前を止める。それだけだ」
「止める……?」
少女の眼が、ゆらりと揺れた。
「誰も、私を“止めて”なんかくれなかったのに?」
その瞬間、茨の群れが四方から襲いかかってきた。
「くっ――!」
俺は跳躍し、地を転がって避ける。
一本、腕をかすめた茨が肌を裂き、痛みが走る。
その魔力は、ただの攻撃ではない。
傷跡に残る感情が、体の奥まで突き刺さってくる。
……なんて重さだ。
この魔力には質量がある。
少女の“嫉妬”という感情が、まるで実体化して襲い来るような……重く、鋭い力。
「……じゃあ、聞かせて。あなたは誰を憎んでるの?」
茨を振り払いながら叫ぶ。
「裏切られた。信じた仲間に……捨てられて、奪われて、それでも俺は――!」
かつての仲間を思い出すと、怒りが湧きあがり形となる。
《怒剣ラグナ・レイジ》を取り出し、構える。
「この怒りを、力に変えると決めた。もう誰にも負けない」
茨の奔流が迫る。
数十もあり、真っ向から受け止めるのは不可能だ。
だが、受け止めてやる。
あいつの嫉妬を、生の感情を俺が受け止める。
炎を剣に纏わせ、空間を斬る。
「《怒炎顕現》ッ!!」
憤怒の炎が噴き上がり、茨を焼いていく。
空気が焦げ付き、数秒の魔力の押し合いの末、相殺された。
その先には少女が座り込んでいるのが見えた。
「っ……!」
呻きながらも、少女は立ち上がろうとする。
だがその手足は、限界まで魔力を絞り出したせいで震えていた。
もう戦えないだろうな。
少女に近づく。
だが、刃を振るうことはしなかった。
「……何故、とどめを刺さないの?」
少女が、薄く笑って問いかける。
その笑みは生をとうに諦めており、乾いた冷たい表情だった。
それがルクスには、何故か酷く美しく見えた。
「それが、私たち“継承者”の宿命でしょう? 殺し合い、最後の一人が世界を変える……」
「何だそれ。俺はそんなもの知らん」
少女は少し驚いたように目を開く。
「俺が真に欲するのは、復讐でも世界の座でもない。自分の力で立って、あいつらを超えるだけだ」
「……信じていた仲間?」
「元……な」
少女が瞠目する。
その目に、微かに“共鳴”の色が浮かんだ気がした。
だがそれも束の間、彼女は静かに目を閉じ、力尽きたようにその場に倒れた。
俺は立ち尽くした。
嫉妬。怒り。憎しみ。裏切り。
それぞれが交錯し、この大地に刻まれていく。
……それが、《大罪》の継承者達なんだろう。
さて、こいつはどうしたものか。
先日に引き続き、後処理に困ってしまったな。
気を失っているようだし、近くの町にでも置いとくか。
……死なれたら、後味が悪い。




