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第五話 地上に還る影

「君は、“怒り”の底を覗いたか?」


「……覗いたさ。俺は、憎んでいる。裏切った仲間も、自分の弱さも、全部」


「では、問う。怒りのままに戦い続けることが、強さだと思うか?」


 その問いに、答える言葉をすぐには見つけられなかった。

 だが、一つだけ言えることがあった。


「……怒りだけじゃ、足りない。怒りは火種だ。だが、それだけだと……焼き尽くすだけだ」


「ほう」


 ルクスの返答が自分の想定解であったかのように、感嘆の声が出た。


 そしてルクスは自らの覚悟を試す者へと誓う。


「俺は、“憤怒”を使っても、“憤怒”には使われない。それが出来ないようじゃ、復讐も何も、誰にも、どこにも届かないからな」


 その言葉に、男の瞳が鋭く細まる。

 そして、一歩、退いた。

 剣を下ろし、静かに告げる。


「ならば、君は進むべきだ。この迷宮に秘められたもう一つの原初の力、“強欲(グリード)”が……既に別の者の手に堕ちたようだ」


「!」


 思わず、黒剣を構えたまま息を呑む。


 誰かがここにあった《原初スキル》を……?


「名は知らぬ。だが、強欲の刻印を得た者が、君の元仲間にいる。その力が、正しく使われているとは限らん。……まあ、恐らくは逆だろうな」


 強欲。

 それは、欲望の権化。

 もしもあのパーティの誰かが、それを手にしたなら――


 ガルヴァンか……?

 奴の思考なら、きっとその力を支配に使う。

 仲間すら、自分の手駒として、いや、それ以下の価値にすら見ないかもしれない。


「……なるほどな」


 自然と力が籠もった拳を握り直す。

 次の目標が見えた。


 地上に戻る。

 あの裏切りの真実を暴く。

 そして、強欲を手にした、もう一人の原初の選ばれし者と相対する。

 それが、俺に残された道だ。


 試す者は、ルクスの覚悟を認めるように頷いた。


「さあ、行け。生きて、怒りと共に歩め。“力を制す者”として、な」


「……分かった。いつか、あんたについても教えてもらうぞ」


 ルクスがそう言うも、試す者は少し残念そうな表情をして告げる。


「私は時空の狭間に生きている。近い内にここも消える。だが、君が原初の真相に近づけば、もしかしたら分かるかもしれない」


「……そうかい。じゃあな」


「ああ、頑張れ。私はいつでも君を応援しているよ」


 試す者を通り越し、先へと進む。

 上へと続く道が、音もなく開かれていた。


 足を踏み出す度に、心が定まっていくのが分かった。

 強欲――それが何者の手に落ちたのかは、まだわからない。

 だが……。


 俺は止まらない。

 怒りを灯して、世界を歩いていく。



 通路の先の魔法陣は上級者用の転移陣では無く、大衆用の広い出入り口付近へと繋がっていた。

 人前に出るのに、擦り切れ血で汚れてしまった服は流石にまずいと思い、収納用魔導石から着替えを取り出す。


 そしてしれっと出入りする人の流れに紛れた。 

 短かったのに久々に感じる光に、少し急ぎ足になる。


「っ……!!」


 地上の空気は、思っていた以上に薄かった。

 いや、違う。

 俺の身体が変わってしまっただけだ。

 濃密な魔素が漂っていた深層の迷宮に比べれば、町の空気はまるで味の無い水みたいだった。


 こんなにも、違うものか……。

 振り返れば、あのダンジョンの最奥。

 血と怒りと闘争の渦中で、俺は確かに何かを得た。


 ただの記録係だった俺に、《憤怒》という名の原初スキルが宿った。

 怒りに導かれ、力を得て、そして生きて戻ってきた。


 今の俺の姿を見ても、あいつらは気づかないかもしれないな。

 変わってしまった体つき。

 抑えても尚溢れる魔力。

 それに、あの頃の俺が持っていなかったもの――“殺意”。


 流れる人から視線を逸らし、フードを深く被る。

 今はまだ、目立つ時じゃない。

 俺はもうA級パーティ《光剣の誓約リヒトシュヴェルト・エイド》の一員ではない。


 前の俺は……誰かの役に立ちたいと願ってただけだった。

 戦闘は苦手だと諦め、ならばと雑務をこなしていた。

 だが。


 役立たず。

 足手まとい。

 空気。


 俺の事を知らない人々にそんな風に言われても、俺は信じていた。

 役割はあると。


 けれど数日前、俺は置き去りにされた。

 殉職扱い。

 帰還不可能な死地に捨てられた荷物。


 それが、大衆の英雄が下した判断だった。


「……戻ってきたぞ、ガルヴァン」


 口の中で呟くと、怒りが心の奥でじんわりと燃える。


 だが、今はそれを押し殺す。

 目的は、奴らの動向を探ること。

 特に、《強欲》のスキルを手に入れた者の存在。


 情報収集のため、ギルドの酒場を目指す。


 【エアフォルク 総合ギルド本部店】。

 町で最も口が軽く、耳が鋭い連中が集まる場所。


 重い扉を開くと、昼下がりにも関わらず店内は賑やかだった。

 低ランク冒険者たちの笑い声。

 中央では、B級の若手パーティが討伐成果を語っている。


 誰が何を知っているか……。

 とにかく、聞き耳を立てるしかないな。


 カウンターの隅へと腰を下ろし、水だけを注文する。

 声が聞こえやすいようにフードを降ろし、周囲の会話を拾い始める。


「――なあ、聞いたか? 最近じゃ《光剣の誓約》がまた一つでけえ任務を成功させたってよ」


「マジかよ。あのパーティ、もう人間の域じゃねぇな……」


「いや、それだけじゃねぇ。噂じゃ、リーダーのガルヴァン様が“未知の力”を使ったって話だぜ。成長した後のモンスターを従えたとか、なんとか……」


 心臓が跳ねた。


 未知の力……?

 モンスターを従えた?


 試す者が先程言っていた言葉を思い出す。。


 《強欲(グリード)》は既に別の者の手に落ちている、と。

 ガルヴァン――いや、誰かがその力を手にし、制御し、使っている。


 人や魔物の“欲望”を操作する。

 それこそ、《強欲》の本質だとしたら。


 あいつらの中に、原初を持つ者が本当に……いる。

 戦慄と興奮が同時に湧き上がった。



 酒場の騒めきは、まだ耳に残っていた。


 『未知の力を使った』という噂は間違いなく真実だ。

 問題は、それを手にしたのが誰かということ。


 ガルヴァンか、ゼドか、ユレイラか、ロカか……。


 脳裏に浮かぶ四人の顔。

 それぞれが異なる野心と性格を持っていた。


 力に執着していたのは誰か。

 誰よりも欲を隠し持ち、誰よりも“強欲”に選ばれそうな人間は――


「……ロカ」


 自然とその名が口から漏れた。


 記録士だった俺と違い、彼女は魔術師だけではなく参謀としてパーティの判断を担っていた。

 徹底した分析家であり、リーダーであるガルヴァンの補佐役。

 何より、常に自分以外の全員を下に見ていた。


 思い出す度に、冷えた背筋が疼く。


 ロカが“強欲”を手にしたなら――

 最悪の事態が起きている可能性すらある。

 力を欲し、他人を駒とし、世界をその掌に収めようとするタイプだ。


 まずは、奴らの動向を……。

 そう考えながら、俺はギルド内中央の掲示板へと向かった。

 大規模なパーティが請ける任務には、記録と報告が必要になる。

 そして、それは掲示板にも簡易報告という形で残されている。


 ――あった……。


 《光剣の誓約》――ガルヴァン率いる英雄パーティ。

 三日前にランクA級のダンジョン、王都地下迷宮ゼーンズフト第五階層を制圧。


 参加メンバーにはガルヴァン、ゼド、ユレイラ、ロカ。

 見慣れた名前だ。

 ……そして、俺の名前は殉職として書いてあった。

 まあ、だろうな。


 それ以上に、報告の末尾に気になる一文があった。


『報告者:副隊長ロカ・ハーリス。尚、詳細内容の閲覧には許可証が必要』


 ロカが、報告を一手に握ってる……?


 かつてのロカは裏方に徹していた。

 だが今は副隊長?

 というよりも仲間内で優劣を付けたくないというガルヴァンの意向で、元より副隊長など存在していなかったはずだ。

 立場が変わったのか、それとも――


 いや、奴の性格からして恐らく、変えたんだ。

 俺を排除したように、自分の都合のいいように物事を動かしたのだ。

 仲間ですら、自分を高く見せるための装飾として扱っている。

 力を手にした人間の行動として、あまりにも自然すぎる……。


 すると、不意に背後から声がかかった。


「おい、お前……。どこかで見た顔だな」


 振り返ると、見覚えのある顔があった。

 ギルド所属の警備隊員。

 以前、冒険者間で起きた問題について何度か顔を合わせた男だ。


「いや、気のせいか。……でも、妙な気配がある。最近、死人が戻ってきたって噂もあるからな」


 不味い……。

 ここで顔が割れれば、準備も何もできていない今、動きづらくなる。


「ただの田舎から来た冒険者だ。西のダンジョンの調査で、ここに流れ着いただけだぞ」


 低く、くぐもった声でそう言って、その場を離れる。

 警備隊員は訝しげな視線を送ってきたが、深く追ってくる様子はなかった。


 今はまだ動く時じゃない。

 情報が足りない。

 俺は再び、フードを深く被った。


 ロカが《強欲》を手にしたのか、それとも別の誰かなのか。

 はっきりするまでは、俺はただの影で良い。


 そして、一つだけ確信がある。


 ロカが、俺を捨てた中心人物だった。

 あの時の視線、冷笑。

 更に、殉職処理という最終判断。


「次に会う時は……お前の全てを、暴いてやるよ」


 静かに呟いて、ギルドの裏通りへと身を滑らせた。

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